FILM

Shield for Murder (1954)

事件の死角
Shield for Murder

ユナイテッド・アーチスツ配給
1954年

People never say, ‘That’s an Eddie O’Brien part.’
They say, ‘That’s a part Eddie O’Brien can play.’
「あれはエディ・オブライエンの役だ」とは誰も言わない。
「あれはエディ・オブライエンができる役だ」という言い方をするんだ。
エドモンド・オブライエン

Synopsis

ロサンジェルス警察のノーラン刑事(エドモンド・オブライエン)は、夜の暗い裏道にノミ屋を連れ込み、容赦なく射殺、25000ドルを奪う。そしてあたかも容疑者を追跡していた時の発砲のように見せかける工作をした。だが、その一部始終を裏道に面したアパートに住む老人が目撃していた。署に戻ったノーラン刑事を、ガナーソン警部をはじめとする同僚は疑いの目で見ていた。彼は過去にも不明瞭な経緯で発砲した嫌疑があったのだ。そんなノーラン刑事を、ただ一人、兄のように慕ってきたブリュースター刑事(ジョン・アガー)だけが信じていた。そのブリュースター刑事が、ノーラン刑事の発砲事件を捜査することになる。

Quotes

For 16 years I’ve been a cop, Patty. For 16 years I’ve been living in dirt, and take it from me, some of it’s bound to rub off on you. You get to hate people – everyone you meet. I’m sick of them. The racket boys, the strong arms, the stoolies, the hooligans. I’m through with them all.

パティ、俺は16年間警官をやってきた。俺は16年間も泥のなかで生きてきた。俺には分かるが、結局自分も泥にまみれるんだ。会う奴、どいつもこいつも憎むようになる。反吐が出る。ギャングの連中、チンピラ、タレコミ屋、ゴロツキ、そいつらともうお別れだ。

ノーラン刑事(エドモンド・オブライエン)

Production

原作はウィリアム・P・マッギヴァーン(William P. McGivern)の同名の小説である。マッギヴァーンの小説は1950年代にいくつか映画化されている。フリッツ・ラング監督『復讐は俺に任せろ(The Big Heat, 1953)』、ロイ・ローランド監督、ロバート・テイラー主演の『悪徳警官(Rogue Cop, 1954)』と悪に染まった警官を題材にした作品が多い。この『事件の死角』も悪事を働く警官の物語である。

プロデューサーのオーブリー・シェンクが独立映画会社を設立、マッギヴァーンの作品の映画化を発表したのが1952年の4月である。この段階ではダナ・アンドリュースが主演の予定だった。

オーブリー・シェンクは、サイレント映画の時代からアメリカの映画界で最大の権力を握っていたシェンク兄弟の甥である。叔父のジョセフ・シェンクは20世紀フォックスの創立者でハリウッド最大の権力者の一人、もう一人の叔父、ニコラスはローズ・インクのトップでMGMの黄金期を築いた。オーブリー自身は1930年代から重役待遇で映画ビジネスに参加していたが、1945年に『ショック(Shock, 1945)』で初めてプロデューサーとしてクレジットされる。その後、イーグル・ライオンでプロデューサーを担当、『Tメン(T-Men, 1947)』、『ニューヨーク港(Port of New York, 1949)』などのノワール作品にも関わっている。

『事件の死角』の共同監督に名を連ねている一人は、ハワード・K・コッホ。オーブリー・シェンクの盟友で、50年代から60年代にかけて、彼の総指揮の下で監督・製作したB級SF映画やホラー映画(『悪魔の生体実験(The Black Sheep, 1956)』、『怪奇フランケンシュタイン1971(Frankenstein 1970, 1958)』)のおかげで今では知名度が高い。『事件の死角』はこの二人が共同製作を始めた初期の作品だ。コッホ自身はその後、プロデューサーとして『おかしな二人(The Odd Couple, 1968)』『晴れた日に永遠が見える(On a Clear Day You Can See Forever, 1970)』などを手がけて、1960年代から70年代のハリウッド映画において重要な役割を果たす。

もう一人の監督、そして主演も兼ねているエドモンド・オブライエンは、『殺人者(The Killers, 1946)』以降、『白熱(White Heat, 1949)』『都会の牙(D.O.A., 1950)』、『ヒッチハイカー(The Hitch-Hiker, 1953)』といったフィルム・ノワールに多く出演しているため、タフガイ役が得意な俳優だと思われがちである。しかし、彼はもともとニューヨークでシェイクスピア演劇のトレーニングを受けてデビューした。1930年代にニューヨークでラジオドラマ俳優として、オーソン・ウェルズ、アグネス・ムーアヘッド、ジョセフ・コットンらと数多くの番組で共演している。あまりに多くの番組を同じメンバーで担当したため、お互いの声を真似ることができるようになり、ウェルズがズル休みしたときには、オブライエンがウェルズの声真似をして出演したという。

ウェルズが、マーキュリー・シアターで現代版「ジュリアス・シーザー」を上演した際には、アンソニー役を好演、次の「ヘンリー四世」ではハルを演じた。これが話題となって、RKOが契約を持ちかけ、オブライエンは『ノートルダムの傴僂男(The Hunchback of Notre Dame, 1939)』にグランゴワール役として出演する。しかし、当時のオブライエン自身は舞台での仕事に重点を置いていて、ブロードウェイに舞い戻り、ローレンス・オリビエの「ロミオとジュリエット」などに参加していた。

戦争が始まると、プロパガンダ映画などに数本出演したが、彼のペルソナが確立されるのは、戦後になって『殺人者』に出演してからである。それ以降は、仕事をしていない時がないほど数多くのプロデューサーから声がかかり、また、仕事も選ばない方だった。

オブライエンは、ハリウッドでも非常に目立つ社交家で、常に自宅でパーティーを開いていた。アルコール依存症が疑われるほどの酒好きで、酔うとシェイクスピアの独演をしたという。長年の酒浸りのせいで、後年はアルツハイマーの症状が進行していた。旧友のオーソン・ウェルズが『アザー・サイド・オブ・ウィンド(The Other Side of the Wind, 1972)』の撮影に呼んだときには、かなり症状が悪化していたという。引退後、ハリウッドの映画関係者のホームには精神疾患を理由に入居を断られ、サンタ・モニカのホームでひっそりと暮らしたらしい。

撮影監督のゴードン・アヴィルは、馴染みのない名前だが、恐慌期の大ヒット作『チャンプ(The Champ)』でカメラマンを担当している。その後デトロイトに赴き、ジェネラル・モーターズの映画担当をはじめ、産業分野での映画活用を指南していたようだ。1930年代、ミシガン州のジャム・ハンディ・ピクチャー・サービスで産業映画の製作を担当していた。1936年には、共和党からの命を受けてルーズベルト派を攻撃する「フェイク映画」を製作した疑いで警察の尋問を受けている。戦後、ハリウッドに戻って撮影監督に復帰、低予算映画の撮影やTVのカメラを担当していた。特にシェンクとコッホの映画に多数起用されている。

同じくシェンクとコッホの映画に頻繁に起用されているのは、音楽担当のポール・ダンラップである。彼のフィルモグラフィを見ると大部分がホラー映画かSF映画、そして西部劇である。多作で知られ、サミュエル・フラーの映画の音楽も数多く担当している。

Reception

悪徳警官を題材にした作品が、ほぼ同時期に立て続けに公開されているが、そのなかでも特に悪辣さが際立っているのが本作だ。

これは実に不愉快なエンターテイメントだ。警官が二人も残酷に殺すのを見るのは、実に不愉快だ。Harrison’s Reports

エドモンド・オブライエンの演技が特に印象に残る。

ノーランはカッとなりやすい単純な男だが、エドモンド・オブライエンは役に深みを与えて、凡庸な追跡劇よりも見ごたえのあるものにしている。Modern Screen

サスペンス映画のなかでも、群をぬいた面白さだと、公開当時の評価は比較的高い。

最初から最後までサスペンスに満ち、息もつげぬアクション満載、驚くばかりの暴力に溢れている。どこをとってもプロの仕事、実に上手く作られ、素晴らしい出来だ。Motion Picture Herald

とは言え、Motion Picture Heraldの「Film Buyer Rating」では「平均以上」の評価にとどまっている。スターもいない、新人監督の独立系映画という位置づけでしかなく、同時期に公開されていた『ホワイト・クリスマス(White Christmas, 1954)』、『海底二万哩(20000 Leagues Under the Sea, 1954)』といった作品の集客力には到底及ばない。

そしてその後も、新しく評価されるアングルを得られないまま、フィルム倉庫のなかに埋もれてしまったようだ。再評価されるようになったのは、1990年代以降、DVDの普及とともに低予算の忘れ去られたフィルム・ノワールの検討が始まってからである。デヴィッド・P・ホーガンの評が的を射ているだろう。

エドモンド・オブライエンの演技はあまりに無軌道で、当時にしては、まさしく悪の道に走った警官の頂点であった。このような演技は『バッド・ルーテナント』のハーヴェイ・カイテルまでその後25年間お目にかかることがなかった。

(『バッド・ルーテナント(Bad Lieutenant, 1992)』だと正確には38年間である)

Analysis

夢のマイホーム

『事件の死角』のノーラン刑事は、裏道にノミ屋を連れ込んで射殺、上納金の25,000ドルを盗む。殺人は計画的で、周囲に銃声が響かないようにサイレンサーを使って実行している(ちなみにノーラン刑事はリボルバーにサイレンサーを装着するが、リボルバーはバレルとシリンダーの間に隙間があり、サイレンサーを使っても音は漏れるので本当は効果がない)。そこまでして、彼が手に入れたかったのは何か。郊外の一軒家である。

この強盗殺人のあと、ノーランはガールフレンドのパティを連れて、キャスル・ハイツにあるモデルハウスを見に行く。ノーランは「まだ、買っていないけど、君が気に入るか確かめたくて」と言うのだが、パティはもう有頂天である。パティはナイトクラブに勤める女性、中流階級の主婦になって、郊外の一軒家に住めるなど夢にも思っていなかったであろう。キャスル・ハイツは当時まだ開発中の住宅地で、ロサンジェルスの西部にある。

当時のロサンジェルスの一軒家の価格を調べてみると、例えばロング・ビーチで3ベッドルームの新築だと17,700ドル以上というデータがある。他のデータとも突き合わせて、15,000ドルから20,000ドルと考えるのが妥当だろう。それに比べて刑事の給料はどうか。1957年の調査では、大都市のパトロール制服警官が年収4,200ドルから5,200ドルで、刑事はそれよりも少し多いくらいだという。同じ調査では、大都市の警察署長が年収13,000ドル程度と記録されている。つまり、たとえ出世してもそれほど給料に伸びしろががないことを意味している。ベテラン刑事だからと言って業績に合わせて昇給があるわけではなく、ある程度まで行ったらもう昇給しなくなるシステムだ。年収の三倍程度の家のローンを少しずつ返済しながら刑事を続ける、ということをひたすら我慢しながら生きつづける選択肢をノーランは選ばなかった。

同じくマクギヴァーンによる小説「The Big Heat」も、警察内部の腐敗の物語だが、その腐敗の中にいたトム・ディアリーは夫婦二人でアパートに住み、世界各地の旅行ガイドを読むのが趣味だった。アパートにひっそりと住むか、ローンに苦しみながら一軒家に住むか、そして、将来の展望も決して明るくない。それに比べれば、組織で悪事に手を染めている犯罪者達の方が金回りもいい。職業のプレッシャーと見合わない警察官の生活水準が、金に溢れた犯罪の際でより際立ってしまう。

ハリウッドでは「バッド・コップ(悪い警官)」が登場する映画が1940年代後半から目立つようになるが、フィルム・ノワールが果たした役割は特に大きい。悪い警官、と言っても、犯罪者達を捕まえることに躍起になるあまり一線を超えてしまう者、あるいは犯罪者に対して暴力を振るう者(例えば『危険な場所で』のウィルソン刑事)から、この映画のように単なる犯罪者に堕ちてしまう者まで様々である。

『事件の死角』が興味深いのは、この警官の堕落が、都市部の郊外への拡張と消費社会の膨張の時代の裏面、すなわち闇として映し出されている点である。

土曜日正午に襲え(Crime Wave, 1953)』のレビューでも述べたが、1950年代はロサンジェルスの風景が急激に変化していく時代だ。特に都市の中心部に対する「周縁」が中流階級の欲望を増幅する装置として起動し始めた時代である。『事件の死角』の背景となる場所は、その装置を切り出して映し出している。

ノーラン刑事が、追跡から逃れるため、通りに設置された直通電話で警察の情報を聞き出すシーンでは、背景に「Auto Upholstery Cleaning」の看板の店が見える。これは、家具のクリーニングサービスだが、その全面ガラス張りのモダンなデザインと大きな文字の電光サインが、極めて特徴的だ。戦後に現れ始めた「売ること」に特化したモダンな店舗デザインであり、大きな文字はクルマで通りかかった時にでも読めるようにするためである。

後半では、マフィアはノーランが強盗殺人で手に入れた金を取り戻そうとし、結果ノーランと銃撃戦が繰り広げられる。その舞台となるのが、夜間営業している室内プールである。夜間に開放され多くの人が訪れている。余暇にエキササイズを欠かさないというライフスタイルは、まさしくホワイトカラーが主流となった社会を象徴していると言えよう。

社会全体が上流を目指し、その気流に乗り遅れそうな警察官たちが常に犯罪の誘惑にさらされているというのが、この時代に登場した「バッド・コップ(悪い警官)」を題材にした小説や映画の背景としてある。

映画の主人公としての警官

1940年代までハリウッドの犯罪推理ものやアクション映画の多くでは、警察に属していない人間が事件の解決の原動力となっていた。ファイロ・ヴァンスやチャーリー・チャンのような私立探偵、ナンシー・ドリューやブルドッグ・ドラモンドのように興奮を求める素人、ニック・チャールズのように巻き込まれて関わってしまう社交家などが、警察の捜査から一定の距離を置きながらも、知識と知恵を駆使して真実に近づいていく。こういった場合、事件の捜査担当の刑事や警官は、私立探偵の優秀さをはかる「ものさし」役として登場することが多かった。思考が単純すぎて、いつも無罪の人間を逮捕しているのが、警察だった(そして、最後に主人公の探偵が真犯人を見つけた際に、その功績を横取りするのも警察である)。

1940年代後半まで警官や刑事などが主人公となる映画は決して多くなかった。セミ・ドキュメンタリー・スタイルのフィルム・ノワールのなかで刑事たちが主人公となることもあるが、むしろキャラクターとして詳細に描かれるのは犯罪者の側である(『夜歩く男(He Walked by Night, 1948)』『情無用の街(The Street with No Name, 1948)』)。そしてここにきて「バッド・コップ」を題材にした作品が量産されるようになった。

警察が登場する映画は、おしなべて警察の腐敗や無能ぶりを描いている。これらの映画が正確な情報を伝えるためではなく、エンターテイメントとして製作されていることを、一般の観客は理解しておいてほしい。ウィリアム・J・ミラー

「バッド・コップ」の映画でも、警察が組織として腐敗していることをテーマにしているものは多いが、警官個人が自らの欲望を追求して悪事をはたらくものは比較的少ない。前述の『バッド・ルーテナント』はその例である。ハーヴェイ・カイテル演ずる警部補はギャンブル、ドラッグ、アルコールに溺れ、売人から売上金を巻き上げ、証拠のドラッグを着服する、正真正銘の「ワル」だ。だが、プロットは途中で「転回」しながら、自らのモラルの問題として「改心」していく過程も描かれる。観客が受け入れやすい着地点が模索されているとも言えよう。その点で、見た目のグロテスクさの割に、実は「悪人の悔悛」というモラル・ストーリーになっている。

ところが、『事件の死角』のノーランは、暴力、殺人を繰り返し働き、改心をするどころか、その狂気は更にエスカレートしていく。レストランでギャングの手下二人に暴行を働く様子は、直接スクリーンに現れないが、周囲の客の反応によってその残虐さがより際立ったものになっている。室内プールでの銃撃戦でも、ノーランは周囲の一般人への被害など顧みず(むしろ一般人を盾につかいながら)発砲する。途中からノーランは無軌道な連続殺人犯となり、警察自体は、常に一歩遅れて彼を追跡する典型的な「歯がゆい組織」となってしまう。ノーランのキャラクターは、他の作品の悪徳警官たちよりも、『スカーフェイス』のティム・パワーズのほうがアーケタイプとして近いだろう。

『ローラ殺人事件(Laura, 1944)』のような刑事が主人公のフーダニットの映画一本に対して、『ロボコップ(RoboCop, 1987)』のように、刑事は犯人が誰か知っているにも関わらず、それを捕まえることができない、という映画が何本もある。トーマス・ライチ

この無軌道極まりないキャラクターを、エドモンド・オブライエンは無理なく好演している。唇の横を引きつらせた、笑いとも怒りとも判然としない表情を作り出し、太って持て余した身体を振り回して演技している。クライマックスで警官の制服を着て逃走するシーンも、制服が微妙に小さく、動きにくそうに見える点など、見事な演出と演技だ。この小さめで窮屈な制服が、彼自身がそれを着ていた時代からの流れを物語っているとともに、そこから逸脱した醜さがより際立って見える。

いたるところでクリシェに流れ、技術的な不手際が見られる作品だが、オブライエンが、発展するロサンジェルスの闇を背景に、醜悪に蠢く様子をみるだけでも一見の価値がある。

Links

サイト”SpeedyMystery”では、原作者のウィリアム・P・マクギヴァーンの1950年代の作品について分析している。「Shield for Murder」はマクギヴァーンの長編小説四作目、ミステリではデビュー作にあたる。マクギヴァーンはアメリカ本国でもほとんど忘れ去られてしまい、再版も全くされていない。しかし、彼の作品は現在にも通ずる問題意識があるとレビュワーは述べている。

警察の腐敗にせよ、政治の腐敗にせよ、組合の腐敗にせよ、市政の腐敗にせよ、題材にとりかかると、彼は社会の弱点に迫り、見事な犯罪小説を書き上げた。それらは半世紀経った今でも十分に意味のあるものである。

Obscure Noirのサイトでは、埋もれた名作として、『事件の死角』を高く評価している。この作品のモデルホームに登場する家具を提供したKlingという家具メーカーについてのメモは興味深い。

『事件の死角』は著作権が切れ、パブリック・ドメインにある。Archive.orgで閲覧可能

Data

ユナイテッド・アーチスツ配給 8/27/1951 公開
B&W 1.75:1

製作オーブリー・シェンク
Aubrey Schenck
出演エドモンド・オブライエン
Edmond O'Brien
監督エドモンド・オブライエン
Edmond O'Brien
マーラ・イングリッシュ
Marla English
監督ハワード・W・コッホ
Howard W. Koch
ジョン・アガー
John Agar
原作ウィリアム・P・マクギヴァーン
William P. McGivern
キャロリン・ジョーンズ
Carolyn Jones
脚本リチャード・アラン・シモンズ
Richard Alan Simmons
脚本ジョン・C・ヒギンズ
John C. Higgins
撮影ゴードン・アヴィル
Gordon Avil
音楽ポール・ダンラップ
Paul Dunlap
編集ジョン・F・シュレイヤー
John F. Schreyer

References

[1] T. Leitch, Crime Films. Cambridge University Press, 2002.
[2] D. J. Hogan, Film Noir FAQ: All That’s Left to Know About Hollywood’s Golden Age of Dames, Detectives, and Danger. Hal Leonard Corporation, 2013.
[3] T. Weaver, Interviews with B Science Fiction and Horror Movie Makers: Writers, Producers, Directors, Actors, Moguls and Makeup. McFarland, 2006.
[4] Occupational outlook handbook: Career Information for Use in Guidance. United States Department of Labor, 1959.
[5] W. R. Miller, The Social History of Crime and Punishment in America. SAGE, 2012.