FILM

He Walked By Night (1948)

夜歩く男
He Walked by Night

ブライアン・フォイ・プロダクションズ
イーグル・ライオン・フィルムズ
1948

地下水道のなかでの撮影はよく覚えているよ。
ジョン・オルトンが懐中電灯だけを使ってやった魔術のこともね。
彼は古いやり方には耐えられなかったのさ。
スチュワート・スターン(ダイアローグ・ディレクター)

 

Synopsis

勤務を終えて帰宅する途中、ロウリンズ巡査は、夜の閑散とした通りの電器店の前で不審な男を発見する。男に職務質問をしようとすると、男は突然コートの内ポケットから拳銃を取り出し、3発続けて巡査に発砲する。現場から逃走した男について、ロサンジェルス警察は一向に犯人の正体をつかめず、捜査は難航する。ある日、電気製品のディーラーから、盗品のTVセットを売ろうとした男の通報が入る。一方、警察の科学捜査は、その頃市内で発生していた複数の強盗事件でロウリンズ巡査を殺害したものと同じ拳銃が使用されていることを突き止める。

 

 

Quotes

Here was 700 miles of hidden highways ideal for the use of someone who needed to hurry from place to place without being seen.

ここに全長700マイルのハイウェイが隠れている。姿を見られることなく場所から場所へと急いで移動したいと思っている人間にはうってつけだ。

 

 

Production

実在の「夜歩く男」

作品の冒頭でも述べられているように、この作品にはモデルとなった犯罪者がいた。その名をアーウィン・ウォーカーと言い、1946年に連続強盗と警察官殺害の罪で逮捕されている。ウォーカーはかつて警察で無線技士として勤務した経験もある人物だ。1942年、第二次世界大戦に従軍してレイテ島で信号部隊に所属、戦争の残虐さを直接体験する。親友や部下が、日本軍の攻撃によって、直視できないほど残虐に殺害されたり重傷を負わされたりしたことに責任を感じていたと伝えられている。このショックにより、陸軍から任務の継続は不可能と判断され、除隊。両親や周囲の知人たちは、帰国後のウォーカーは人が変わったようだったと証言している。以前は友人や部下に大して人一倍優しく気を使う人物だったと評判だったが、自分のアパートに閉じこもり、閉鎖的で、鬱屈しており、頻繁にマシンガンを持ち歩いていたという。実際には、彼は帰国直後より強盗、金庫破り、窃盗を繰り返していた。陸軍の倉庫から銃器類を盗み出し、また、盗んだ乗用車のプレートを変えて、盗品の輸送に使用している。盗品の総額は$70,000にものぼると言われている。1946年の4月には、盗んだ映画用機材を売却しようとしたが、不審に思った買い手が警察に通報、待ち構えていた刑事たちと銃撃戦になる。刑事たちに傷を負わせたものの、ウォーカーも腹部と左足を負傷し、地下水道を使って逃走した。更にその2ヶ月後、ウォーカーは、彼に職務質問をしたハイウェイ・パトロールの巡査を射殺した。彼は逃走、そのまま行方をくらまし、警察はまったく手がかりがつかめないでいた。運の尽きは、ウォーカーがガールフレンドに自慢げに自分の犯罪を話したことである。ガールフレンドは敬虔なカトリック信者で、教会でその話を神父に告解、それがきっかけとなって警察はウォーカーを巡査殺害の犯人として手配した。その年の12月に、警察はウォーカーのアパートに踏み込み、逮捕する。ウォーカーは、犯行の動機を「金を十分にためて、それを元手に殺人光線を発生させる装置を作り、政府を脅して戦争をやめさせるつもりだった」と告白している。。

裁判中はウォーカーの精神状態が争点となったが、陪審員はウォーカーを正常とみなし、1947年に死刑判決、その判決を聞いて、ウォーカーの父親は自殺した。父親はロサンジェルスの地下水道のエンジニアだった。

製作開始に向けて

1940年代の後半に数多くの犯罪映画の脚本、演出を手がけていたクレーン・ウィルバー(『土曜日の正午に襲え(Crime Wave, 1954)』『ザ・バット(The Bat, 1959)』)は、このアーウィン・ウォーカーの事件に興味をもち、当時のロサンジェルス市警でウォーカーの事件捜査に関わった刑事たちにインタビューを開始した。当時としては画期的な、ワイヤー録音機での聞き取り録音を実施している。こうして”The L. A. Investigator”という題名の脚本を書き上げ、イーグル・ライオンのプロデューサー、ブライアン・フォイに持ち込んだ。ウィルバーは、やはり実際の事件に題材を採った『キャノン・シティ(Canon City, 1948)』の監督を担当することになり、代わりにジョン・C・ヒギンズ(『偽証(Railroaded!, 1946)』『T-メン(T-Men, 1947)』)に脚本が渡される。製作時のタイトルは”29 Clues”だった。

『偽証』の製作過程でも述べたが、当時、イーグル・ライオンはジョセフ・ブリーン・ジュニアがPCA担当として雇われていた。PCAのトップ、ジョセフ・ブリーンはここでも息子には甘く、「マシンガンさえ見せなければよろしい」といった具合であった。作品内で捜査の陣頭指揮をとる警部の名前が「ブリーン」となっているのは、ジョセフ・ブリーンへのゴマすりだったという見方もある。

1948年の早い段階でアルフレッド・ウェーカー(Alfred Werker)が監督をすることが決まり、4月の後半に撮影が開始された。

主演はリチャード・ベースハート。F・フェリーニ監督の『道(La Strada, 1954)』の綱渡り芸人役で有名だが、その他にも性格俳優として堅実な演技を数々の映画、TVドラマで見せている。『夜歩く男』のロイ・モーガン役に抜擢された際、セリフの数が余りに少ないのでベースハートは焦ったようだ。「セリフの数じゃなくて、スクリーンに映っている時間が問題」と説明をうけて納得したという。

捜査の要となるマーティ・ブレナン刑事とブリーン警部は、それぞれスコット・ブレイディとロイ・ロバーツが演じた。ブレイディはこの後もタフガイを演じ続け、スクリーン上でクリント・イーストウッドを殴り倒した恐らく唯一の俳優だと言われている。

撮影中、科学捜査の担当を演じたのはジャック・ウェッブだ。彼が、この映画の撮影中に刑事捜査のコンサルタント、マーティ・ウィン元警部と懇意になり、人気ラジオ/TVシリーズ、『ドラグネット』のアイディアを得た、という話は有名である。

撮影監督はジョン・オルトンがつとめている。彼のフィルム・ノワールのフィルモグラフィのなかでも、最も有名な作品の一つであろう。導入部のロウリンズ巡査の銃撃シーンから、最小限のセットアップでありながら効果的な照明をダイナミックに駆使している。終盤の地下水道での追跡のシーンは、地下の暗闇のなかでの懐中電灯を使った独創的な照明で、オルトンの技術の真骨頂ともいえるのだが、本人は気に入っていなかったようだ。

オルトンは下水での撮影を良くは思ってはいなかったんだ。ベースハートから電源まで伸びるコードがちらっと見えるからね。スチュアート・スターン

確かにモーガンの手から伸びているコードは確認できるが、そんな「ミス」など全く気にかからないほど、劇的な映像が続く。

この地下水道での撮影は、1948年の春に行われたようだが、当時ロサンジェルスは取水制限が実施されていた。そのため、地下水道は干上がっており、水の滴る効果をそのままでは構成することができなかった。そこで製作チームは海水をトラックで大量に運びこんで、地下水道に投入した。撮影終了後、ベースハートの足下でサバやカマスが泳いでいたという。

 

クレジットの行方

この作品はアルフレッド・ワーカーが監督としてクレジットされているが、今では「アンソニー・マン監督」の作品だと認識されている。しかし、マンの名前はクレジットされていないし、当時の業界紙にも全く記載されていない。なぜ、この作品が、少なくともその一部において、アンソニー・マンの作品だと言われるようになったのだろうか。その経緯はマックス・アルヴァレズが詳細に分析している。

この映画へのアンソニー・マンの参加の事実が明らかになったのは、1967年にジャン=クロード・ミシエンがアンソニー・マンに行ったインタビューが発端のようだ。「アンソニー・マンは、タイトルを思い出せなかったが、俳優と撮影した場面(特に地下水道の場面)をはっきりと」覚えていたという。このインタビューからカイエ・デュ・シネマの記事やマイケル・ウォーカーが指摘した「アンソニー・マンが監督した4つのシーン」に発展していったらしい。

1.オープニングのナレーションの後のドラマチックなシーン
2.リーブスの会社での暗闇のなかでの銃撃戦、それに続くベースハートが銃弾を取り出すシーン
3.リーブスの自宅で、ベースハートがリーブスを脅し殴るシーン
4.ロサンジェルス地下水道での追跡

半世紀近くも前の「証言」だけでは不十分と考えたマックス・アルヴァレズは、『夜歩く男』にダイアローグ・ディレクターとして参加していたスチュアート・スターンにインタビューし、地下水道の場面を監督したのはアンソニー・マンだとの証言を得ている。一方で、ウィスコンシン大学に保管されているイーグル・ライオン・フィルムズの文書類、ロサンジェルス市に保管されている記録から、当時の給与記録やロケーション撮影の記録などを捜索しているが、何も残っていなかったという。つまり、当時の文書からはアンソニー・マンの参加の事実は裏付けが取れないが、第三者の証言で少なくとも地下水道のシーンはアンソニー・マンが監督していると言えよう。

過去のこの作品の分析では、映像のスタイル分析から「リチャード・ベースハートとのシーンは全て」「警察の捜査に関わる退屈な演出はワーカーだが、それ以外は全て」アンソニー・マンによるものだ、と述べている者も多い。それは一様にアルフレッド・ワーカーが「凡庸な」監督だから、こういったエキサイティングなシーンはアンソニー・マンでなければ撮れない、という理屈だ。

この映画はアルフレッド・ワーカーが監督としてクレジットされているが、彼はこの作品以外大したものを撮っていない。ジーナイン・ベージンジャー

さすがにこれは嘘だ。彼は『夜歩く男』の後に『ロスト・バウンダリーズ(Lost Boundaries, 1949)』を監督している。人種差別問題をパッシング(肌の色の白いアフリカン・アメリカンが「白人」として生活すること)を通して扱った、当時としては画期的な作品である。主題はプロデューサーのルイ・デ・ロシュモンに負うところが大きいかもしれないが、ワーカーの演出は全体的に抑制が効いており、センセーショナリズムに陥っていない。パッシングという特殊なケースをあつかい、白人の俳優を使った点などで批判もあるものの、当時の白人社会に与えたインパクトは大きかった。他にも『リピート・パフォーマンス(Repeat Performance, 1947)』『ショック(Shock)』などの佳作を低予算ながら監督している。ワーカーはエーリッヒ・フォン・シュトロハイムの『ハロー・シスター(Hello Sister, 1934)』をシュトロハイムが解任された後に引き継ぎ、バラバラにして駄作にしてしまった、という経歴を持つために、一部のシネフィルにとっては許しがたい存在なのかもしれない。

しかし、前述のアルヴァレズも指摘しているように、リテイクも含めてどこまでがアンソニー・マンでどこまでがワーカーの仕事かは現時点では不明である。実際にワーカーの撮影した部分は全て不採用になった可能性もある。行方不明になっている撮影日誌や製作記録が発見されれば、より詳しい分析も可能になるだろう。また、複数の監督の関与があったとしても、それが分からないくらい、この作品は全体のビジュアルと演技が統一されている。全体を通して撮影監督ジョン・オルトンの一貫したアプローチとベースハートの抑制された演技が、パスティッチョに陥ることを防いだのだ。

常軌を逸した宣伝戦略

マイナーな配給会社は、いつの時代でも極端な広告戦略をとりがちである。時には非常識に思えるスタントを実行したりもしている。イーグル・ライオンの『夜歩く男』のPRは、常軌を逸しているかもしれない。

記者やカメラマンを雇って、警察の巡回に同行させ、鍵をかけていない家や、きちんと消されていない焚き火、キーをさしたままの車を見つけては新聞記事を書かせたりするよう、配給から指示があったそうである。さらには、そういった家や車に「あなたは『夜歩く男』から自分を守らないといけません!」と書かれたカードを入れるようにも書かれていた。警備保障会社と組んで、夜間パトロール中にクライアントのポストに「○○警備保障は、あなたを『夜歩く男』から守りました!ぜひ『夜歩く男』をお近くの劇場で御覧ください!」というカードを放り込む、といったこともPRの一環として行われていた。

実際、『夜歩く男』のPR戦は当時の業界関係者の間で話題になっている。

イーグル・ライオンのPRの連中のやり方は実に恐れ入る(恐らく映画を作った連中はやる気が削がれるかもしれないが) Showman’s Trade Review

サンフランシスコでは、劇場チェーンのマネージャーの写真を「指名手配」ポスターにして街中に貼り出し、「この容疑者を見つけた方には『夜歩く男』のペアチケットを差し上げます」というスタントまでやっている。

映画の性質上、警察の協力を得ることは大きな宣伝効果につながった。ニューオリンズでは警察が全面的に協力し、新人警官の研修の一環として『夜歩く男』を見せている。フィラデルフィアでは、500人の警官を呼んで市役所で試写会を開き、バルティモアでは州警察とタクシーの運転手を呼んで2つの劇場で特別上映をしている。タクシーに『夜歩く男』のステッカーを配布するなど、タクシーの運転手の口コミ力も大いに活用している。

そりゃあ、500人もの警察官が見たんだから、いい映画に決まってるよ フィラデルフィアのタクシー運転手

映画の製作費は$361,865、イーグル・ライオンとしては珍しく、ロサンジェルスの5つの劇場でA扱い(Top-bill)で初公開された。

 

 

Reception

当時の評判は好意的なものが多い。

イーグル・ライオンの『夜歩く男』は、実によく練られた脚本とスマートな演出のおかげでドキュメンタリー・スタイルのメロドラマとして優れたものに仕上がっている。Motion Picture Daily

ロマンスの要素が全くないので、女性の観客は不満に感じるかもしれないが、それでも一緒に来ている男性の観客と同じく、このサスペンスに引き込まれるに違いない。 Independent Film Bulletin

興行収入も当時のイーグル・ライオンの作品としては好成績で、公開3ヶ月で$1,250,000以上を記録している。

ロカルノ映画祭に出品され、1949年の「最優秀警察映画」を受賞する。

ところが、この作品(そしてイーグル・ライオンの作品全般)は、独立製作の映画がしばしばたどる運命ー忘却と無視ーにさらされる。イーグル・ライオンの破綻にきっかけに、版権はライブラリごと安く買い叩かれ、パブリック・ドメインにあっという間に落ちてしまう。一方でアンソニー・マン自身は、メジャーの製作で西部劇の監督して人気を博していくが、前述のようにこの作品にマンが関わっていることは知られてもいなかった。結果的に50年代から80年代までの映画批評では、この「深夜TVでたまに見かける作品」は取り上げられる機会が少なかった。

だが、VHSの普及でパブリック・ドメイン作品がより注目を浴びるようになる一方で、『夜歩く男』にアンソニー・マンが関わっていたことが明らかになると、突然、フィルム・ノワール批評のなかに現れ始める。特に80年代にジョン・オルトンの再評価が急激に始まったことは、この作品のステータスを一気に高めた。

リチャード・ベースハートの背筋も凍る演技、エース・カメラマン、ジョン・オルトンによるL.A.のローキー・ロケーション撮影の雰囲気の素晴らしさー『夜歩く男』はフィルム・ノワールのクラシックとしてふさわしい。 ジョン・ハワード・レイド

パブリック・ドメインの映画は流通量が多く、今ではYouTubeやArchive.orgでストリーミングすることも可能だ。それがゆえに画質の悪いデュープ・プリント、それからトランスファーしたDVDなどが大量に出回る一方で、経済的なインセンティブに欠けるため、質の良いプリントをかき集めて修復するという作業自体がされることが少ない。特に『夜歩く男』の場合は、ジョン・オルトンの撮影の凄みを蘇らせるためにも、系統的な修復作業が待たれる。

 

 

Analysis

犯罪捜査を映像化する

今日この作品を見ても、登場する捜査技法や科学捜査の技術に驚く人は少ないだろう。それは、この作品や同時期にセミドキュメンタリーとして登場した警察捜査の映画がきっかけとなり、その後数多くの類似の映像作品を生み出されたからに他ならない。『夜歩く男』では、銃弾の弾痕検査やモンタージュによる似顔絵作成などの犯罪捜査テクニックが紹介される。おそらく多くの人は映画のなかでジャック・ウェッブが説明する前にそれが何の技術なのか説明できるだろう。それくらい、馴染み深いものばかりだ。2000年代に大ヒットしスピンオフや類似のTV番組を生み出した「CSI」シリーズなどを知っている現代の視聴者からすると、のんびりとしたものに見えるかもしれない。

犯罪捜査に使用される科学技術のなかには、視覚に頼るものが多いのも、こういった科学捜査をポピュラーな映像作品にしてきた重要なファクターだろう。弾痕、指紋、似顔絵、といった原始的なものはもちろん、犯人が残した様々な痕跡、遺留品の顕微鏡写真や分析結果が、「一致した」ことが犯人同定の決め手になる、というのは常套的なアプローチだ。「一致した」というのは、科学に疎い視聴者でも視覚的にわかりやすい。たとえそれが走査型電子顕微鏡写真であろうと、クロマトグラフであろうと、チャートを映して、科学捜査官に「これは現場にあった塗料と同一だ」と言わせれば、「やっぱりアイツに違いない」と視聴者はまるで自分が科学捜査官になったような気分で断定できる。

これが、本格推理小説のような、主にロジックを元に推理を組み立てていくものの映像化と大きく違う点と言える。「言葉」によって積み上げられていく犯罪捜査では、会話が主体になり、同時に視聴者にも同様のロジック分析が求められてしまう。アリバイ破りなどが時計のイメージに頼ってしまうのも、それが視覚的な刺激として訴えるからかもしれない。聞き込み捜査や取り調べなどの「言葉」による証拠探しは、現場に残された指紋と容疑者の指紋が重なる瞬間のエクスタシーにはかなわない。

そういった側面で、この時期の多くのセミドキュメンタリー作品が、科学捜査の視覚的側面に焦点を当てていることが、観客の受容を推進したのは間違いないだろう。

だが、実際の捜査はそこまで簡単に「一致」ばかり連発されないし、現場に残された塗料片は汚染されて、見分けの付きやすいスペクトルは取れないし、指紋はつぶれていてはっきり判別できない。フィクションで心地よく提示される多くの科学捜査のヴィジュアルの多くは、現実とは大きくかけ離れた完璧さを備えている。例えば、『夜歩く男』にも登場するモンタージュによる犯人の似顔絵製作の過程も、出来上がった似顔絵があまりにもリチャード・ベースハートそのもので、失笑してしまうのは否めない。恐らく公開当時の観客の中にも、そこまで完璧に行くわけがないと感じた者も多かったはずだ。しかし、製作する側はフィクション、特にセミドキュメンタリーという枠組みが求める強迫的なナラティブのお陰で、完璧なモンタージュを作らざるをえないのだ。

この映画のモデルとなったアーウィン・ウォーカーの逮捕への経緯を考えると、特にこの点は興味深い。前述のようにウォーカー逮捕のきっかけは、彼が自分の犯罪の「手柄」を自慢げにガールフレンドに話したことである。ガールフレンドの神父への告解がいかにして検挙につながったかは明らかではないが、恐らく神父による説得のもと、ガールフレンドが警察に情報を提供したのではないだろうか。この件に関して言えば、科学捜査が決め手ではなかった。ジャック・ウェッブが中心となって実現したTV番組「ドラグネット」でも科学捜査よりは聞き込みや関係者の証言が捜査の中心となることが多かった。

だが、科学捜査の視覚的な刺激は今でも見る者を十分に魅了する。監視カメラのぼやけた映像が、画像処理によって見事に解像度を上げていき、容疑者の顔が浮かび上がる。聞き取りにくい犯人の電話の音声の向こうに聞こえる特徴的な音が、波形処理によってみるみる海の波の音に変わっていき、犯人は海辺に住んでいることが明らかになる。CGが駆使され、被害者を襲った弾道が可視化されていく。それらを今から数十年後に見れば荒唐無稽に見えるかもしれない。『夜歩く男』の似顔絵モンタージュのように。

 

地下水道と爆撃の記憶

『夜歩く男』のラスト、10分近くにわたる追跡のシーンの舞台となるのは、ロサンジェルスの地下にはりめぐらされた水道の一部である。これは”Storm drain”と呼ばれるもので、雨水の排水道を主な目的としている。ロサンジェルスは一年のうちで晴天の日が占める割合が多い場所ではあるが、特に冬期に降水量が急激に増加する。この時の雨水の増加をロサンジェルス・リバーが吸収しきれずに氾濫することが以前からしばしばあった。1920年代から30年代にかけて、市の発展とともに雨水対策の不備が表面化し、1938年のロサンジェルス・リバーの大氾濫の際には100人以上の死者を出している。その後、急ピッチで河床のコンクリート構造化、地下水道の整備が始まる。このStorm Drainは、普段はほとんど水が流れていない地上の水路と地下の水道とがあるのだが、地上部分はハリウッド映画でしばしばロケーション撮影に使用されてきた。例えば『グリース(Grease, 1978)』『L.A.大捜査線(To Live and Die in L.A., 1985)』『ターミネーター2(Terminator 2: Judgment Day, 1991)』などは有名な例だろう。『夜歩く男』は地下水道を利用したロケーション撮影の最も早い作品の一つだ。

アメリカの第二次世界大戦への参戦後、アメリカ本土への空襲への危機感が一般市民の間にも広がった。それとともに防空壕の必要性が議論され、ロサンジェルスでも、この地下水道を防空壕として使用することが検討されている。

『夜歩く男』の翌年に公開された『第三の男(The Third Man, 1949)』もラストのオーソン・ウェルズを追跡するシーンは地下水道のなかで撮影されている。これはウィーンでのロケだという。キャロル・リードとグレアム・グリーンがこのシーンを発想したとき、もちろん「地上に居場所のない」、「下水を這いずり回る」というウェルズのキャラクターへのアレゴリーもあっただろうが、同時に彼らが経験したであろう、戦時中の防空壕での恐怖も下敷きにあるのではないだろうか。アンジェイ・ワイダの『地下水道(Kanał,1956)』でも描かれているが、第二世界大戦は多くの人間を地下に追いやった。それは防空壕だったり、逃走用のトンネルだったりしたかもしれない。それらは元々は近代化された都市が必要とした「地上のための生命維持装置」としての地下であり、普段はまったく意識されない別世界である。しかし、地上が地獄と化すとき、人間はそこに逃げ込むしかないのである。

この映画のモデルとなったアーウィン・ウォーカーは犯行後の逃走経路として実際に地下水道を利用していた。ロサンジェルスの地下水道は防空壕として使用されることは結局なかったが、ウォーカーにとって地下水道は地獄と化した地上からの防空壕だったのかもしれない。彼の頭のなかを痛めつける戦争の記憶、地上でなおも続けられる次の戦争への準備に対するレジスタンスとして続けられる闘いのつもりだったのかもしれないが、それはあまりにも悲惨だった。あの時代に、その男の世界を描くとすれば、魔術師が必要だったのだが、その一人は明らかにジョン・オルトンだった。

 

ジョン・オルトンの魔術

撮影監督ジョン・オルトンは1940年代初頭に南米からハリウッドに舞い戻ってきて、主にポヴァティ・ロウのスタジオで仕事をしていた。その彼がイーグル・ライオンでは監督たちよりも高待遇で迎えられ(アンソニー・マンが週750ドルだったのに対し、ジョン・オルトンはフリーランス契約で週1000ドルだった)、撮影監督としては極めて稀な、オープニングのクレジットで単独で紹介されるスタッフになったのはなぜだろうか。最大の理由は「効率」だったようだ。

現在ではオルトンは、その一度見たら忘れられないローキーのビジュアル、ディープ・フォーカスを多用した極めて衝撃的な構図などで人気のある撮影監督だが、当時のスタジオにとってはそれよりも「手早く準備する類まれなる才能」をもった人物として認識されていた。普通の撮影監督なら一時間、二時間かけて照明を準備するところを、あっという間に準備して「オーケーだよ」というものだから、慌ててしまった監督が何人もいる。ポヴァティ・ロウでは撮影日数の短縮、ひいては一日あたりのセットアップの回数の多さが、スタジオ重役たちの最大の関心事だ。それに最も応えてくれるスタッフの一人なのだから、それだけでスタジオは重宝する。

さらに出来上がった映像が圧倒的に素晴らしい。それは今の私達フィルム・ノワール・ファンが見て素晴らしいと思う、という意味ではなくて、スタジオの重役たちにとって素晴らしい、という意味である。「リアリズムに満ちていて」「製作費の足りなさが画面に現れていない」のだ。この「製作費が足りなさ」が現れるか否かは、同時期のイーグル・ライオン配給作品で他の撮影監督が担当したものと比べると、一目瞭然だ。例えば、『クローズアップ(Close-Up, 1948)』『流す涙はない(Shed No Tears, 1948)』など、ローキーのビジュアルが多用されたミステリ/サスペンス作品には違いないが、セットの安っぽさ、空間の無さ、取り繕ったようなプロップが目についてしまうのである。ジョン・オルトンが担当した作品でも、よく見てみると、同じくらいひどいセットがほとんどだが、彼はそれを映さないか、映してもまるで金のかかったセットのように映すことが出来るのだ。それは、ジョン・オルトンが、光源をどこに置き、どれくらいの強度の光を用いれば、どのような空間表現ができるかを一瞬で判断できるからにほかならない。だから、彼はロケーション撮影にも躊躇しなかったし、その自らの編み出したアプローチで、メジャースタジオが大変な金とクルーと時間をかけて作り上げる映像と遜色ないものを、その数分の一で達成する自信があったのだ。

それにしても『夜歩く男』の映像は極めて大胆だ。映していないものが実に多い。これだけ照明を引き算してしまったら、監督のほうが「本当に映っているのか」と気を揉むのではないか、と思うくらいだ。リチャード・ベースハートが警察に自宅を包囲されたことに勘づくシーンなどは、我々は彼の顔をはっきり見ることさえほとんどないのである。表情を映さなくても、もう我々観客はその表情を知っている。こんなことをやってのけるのは、この時代にはジョン・オルトンしかいない。

 

 

Links

Alternate Endingの評では、「61年も前の映画がこのような残虐な力を持ちうることはショッキングだ」と述べて、この映画の真似をしたような現代の作品でも、ここまでの破壊力を持っているものは実に少ない、と指摘している。

リチャード・ベースハートに捧げられたウェブサイト、richardbasehart.comに、この映画製作当時に彼の生まれ故郷オハイオ州ベインズビルの新聞が掲載した記事が紹介されている。

ガーディアン紙のLimara Saltがハリウッド映画に登場するロサンジェルス・リバーを紹介している。この他にも『放射能X(Them!, 1954)』や『バトル・オブ・ロサンジェルス(Battle of Los Angeles, 2011)』でも登場する。

 

Data

イーグル・ライオン・フィルムズ配給 11/24/1948公開
B&W 1.37:1
79分

製作ブライアン・フォイ
Bryan Foy
出演リチャード・ベースハート
Richard Basehart
製作ロバート・ケーン
Robert Kane
スコット・ブレイディ
Scott Brady
監督アルフレッド・L・ワーカー
Alfred L. Werker
ロイ・ロバーツ
Roy Roberts
監督アンソニー・マン
Anthony Mann
ジャック・ウェッブ
Jack Webb
原作ジョン・C・ヒギンズ
John C. Higgins
ウィット・ビッセル
Whit Bissel
脚本クレイン・ウィルバー
Crane Wilbur
撮影ジョン・オルトン
John Alton
音楽レオニド・ラアブ
Leonid Raab

 

 

References

[1] J. Basinger, Anthony Mann. Wesleyan University Press, 2007.
[2] M. Alvarez, The Crime Films of Anthony Mann. Univ. Press of Mississippi, 2013.
[3] M. Edwards, Truly Criminal: A Crime Writers’ Association Anthology of True Crime. The History Press, 2015.
[4] T. Balio, United Artists, Volume 1, 1919–1950: The Company Built by the Stars. Univ of Wisconsin Press, 2009.
[5] T. Balio, United Artists, Volume 2, 1951–1978: The Company That Changed the Film Industry. Univ of Wisconsin Press, 2009.