FILM

Laura (1944)

ローラ殺人事件
Laura

20世紀フォックス
1944

ローラはセックスなんかないじゃないか。ありゃ、ジゴロを囲ってるんだぜ。
― オットー・プレミンジャー

オットー・プレミンジャーは、随分と浮名を流しているけれど、
なんにも女性のことなんか分かっていない。
― ヴェラ・キャスパリー

Synopsis

夏のニューヨーク。高級マンションの一室に、刑事が訪れる。高価な調度品と美術品のコレクションがこれ見よがしに飾られているこの部屋の住人はウォルドー・ライデカー(クリフトン・ウェブ)、ニューヨークで最も有名なコラムニストだ。マクファーソン刑事(ダナ・アンドリュース)は、ローラ・ハントという女性の殺人の捜査を担当している。ローラはライデカーの親しい友人だが、実際にはそれ以上だ。ライデカーはローラのパトロンとも言える人物で、ライデカー自身、彼女を社交界の花形に育て上げ、広告会社の「美人エグゼクティブ」として成功させたのは、自分だと公言してはばからない。滔々と自分のアリバイを述べ立てた後、傲慢不遜なライデカーは「私も捜査に興味がある」とマクファーソン刑事に同行する。ローラを取り巻いていたのは、一癖も二癖もある人物たち。一方、マクファーソン刑事はローラの部屋に飾られた彼女の肖像画に魅了され、この世にはいないその女性の虜になっていく。

Quotes

You’d better watch out, McPherson, or you’ll finish up in a psychiatric ward. I doubt they’ve ever had a patient who fell in love with a corpse.

気をつけないといけないね、マクファーソン君。さもないと精神病棟に入ることになりますよ。でも、死体に恋した患者なんて、今までにいたのだろうかね。
ウォルドー・ライデカー(クリフトン・ウェブ)

Production

原作から映画脚本へ

原作は、ヴェラ・キャスパリ―の戯曲「Ring Twice for Laura」とその小説化作品「Laura」。オットー・プレミンジャーの伝記の著者、フォスター・ハーシュによれば、1930年代の末にプレミンジャーがニューヨークで舞台の演出をしていた頃、この戯曲の草案に巡り合ったという。プレミンジャーは、ニューヨークの毒気に満ちた上流社会の雰囲気が的確に表現されていると感じ、キャスパリーに共同執筆を持ちかける。ところが、キャスパリーとプレミンジャーは基本的なアイディアで一致しなかった。キャスパリーはこの作品を心理ドラマとして展開したいと考えていたが、プレミンジャーは典型的な探偵ストーリーに仕立てようとしていた。結局、キャスパリーとプレミンジャーはそりが合わず、ジョージ・スクラーが共同執筆を担当する。戯曲には、マレーネ・ディートリッヒも興味を示したと言うが、舞台化には至っていない。

その後、雑誌「コリアー・マガジン」で連載小説化され、20世紀フォックスが映画化権を$30,000で買い上げていた。1943年、低予算映画監督としてハリウッドでくすぶっていたプレミンジャーが、映画化のストーリーを探していたときに、再発見したのである。

プレミンジャーは、キャスパリーとの確執があったにも関わらず(あるいはだからこそ)、この作品に執着し、映画化のための脚本にとりかかる。彼は、ダリル・ザナックを説得しようともくろんでいたが、Bユニットのトップのブライアン・フォイが全く興味を示さず、脚本に目を通しさえしない。結局、ザナックのオフィスで、フォイとの対決に持ち込み、ザナックが映画化を了承した。

原作は、五つのパートに分かれており、それぞれ、違う人物による手記という形態をとっている。それぞれ、ウォルドー・ライデカー、マクファーソン刑事、警察の調書、ローラ、そして再度、マクファーソン刑事、といった具合だ。ザナックのメモによれば、ストーリーの展開とともに、違うキャラクターがボイスオーバーでナレーションをしていく、極めて異例の脚本になっていたようだ。例えば、マクファーソン刑事がローラのアパートでさまようシーンには、マクファーソン刑事のモノローグが重なっていた。これは最終的にはほとんど削られ、導入部のみライデカーのモノローグのボイスオーバーで始まる。

この物語で最も興味深いキャラクターは、ウォルドー・ライデカーであろう。ニューヨークの文芸界で誰もが一目を置く存在。美術、芸術に通じ、ありとあらゆる美しいものへの感性を売り物にしつつ、自分以外の人間をことごとく軽蔑し、侮辱し、あざ笑う。ローラを成功に導き、社交界の花形にする一方で、彼女の隠れた野蛮さを密かに嫌悪している。知性と俗物性が見事に調和した、このキャラクターはどこから生まれたのだろうか。モデルの一人は間違いなくアレキサンダー・ウールコットだ。1920年代のニューヨークの文化人の溜まり場となった、アルゴンカン・ラウンド・テーブルの中心人物で、雑誌「ザ・ニューヨーカー」のコラムニスト、皮肉とウィットで多くの読者を惹きつけた。キャスパリーの伝記の著者、ミッシェル・ディーンによれば、もう一人のモデルは、キャスパリーが「Laura」執筆時に参考にしたウィルキー・コリンズの古典ミステリ「白衣の女(The Woman in White)」に登場するフォスコ伯爵だという。ところが、ウールコットにしてもフォスコ伯爵にしても、映画化されたライデカーと決定的に違う点がある。太っているのだ。

映画に登場するライデカーは、自らの身体のプロポーションに人一倍気をつかい、痩身で、身に付けるものにも極端に神経質である。プレミンジャーによれば、このライデカー像を生み出したのは、映画脚本を担当したサミュエル・ホッフェンシュタインだという。実は、ホッフェンシュタインは、ライデカーを演じることになっていた、クリフトン・ウェブその人をモデルにしたのだ。痩せて神経質な顔立ち、どこかゲイであることを匂わせる立ち居振る舞い(当時にしては珍しく、ウェブはゲイであることを隠していなかった)、そういったライデカーの造形は、実は演じるウェブその人がモデルだったのである。ウェブは、プレミンジャーがニューヨークの舞台で発見した俳優だ。サイレント映画時代にハリウッドでの経験もあるが、その後はブロードウェイで活躍していた。なんと『ローラ殺人事件』で54歳になって映画出演に再挑戦することになったのである。ちなみに、この作品内でのライデカーの衣装は、ウェブ本人の持ち物で、ニューヨークからわざわざ空輸したのだが、その荷物が遅れたために撮影スケジュールが狂ってしまったという。いかにもライデカーらしい逸話であろう。

映画化の段階で、プレミンジャーは原作者のキャスパリーには全く相談せず、様々な変更を加えている。しかし、一方でプレミンジャー自身が語っているような「原作とは全く違う作品」というわけでもない。原作に登場するキャラクターはほぼ網羅されているし、カギとなるプロットやシーンも原作からとられている。しかし、キャラクターのとらえ方や表現において、決定的に相違する部分もあった。例えば、映画のラストシーンで、ライデカーはローラの部屋にある大時計に隠した散弾銃を使って殺人を試みるが、原作では、ライデカーの銃は、彼の杖に仕込まれている。プレミンジャーは「杖に散弾銃は物理的に仕込めない」と主張して大時計のギミックを編み出したのだが、キャスパリーは杖こそライデカーの男性器の象徴であり、そこに散弾銃を隠しもっていることが、ライデカーという人物の歪んだセクシャリティを表すのだと主張していた。この相違こそ、プレミンジャーが「探偵小説」と考えている一方で、キャスパリーが「心理ドラマ」ととらえていた、という格好の例だろう。

製作プレミンジャー

当初、『ローラ殺人事件』はプレミンジャーの製作のもと、ムーベン・マモウリアンが監督として、ジョージ・サンダース(マクファーソン役)、リアード・クレーガー(ライデカー役)という配役で撮影される予定だった。肝心のローラ・ハントはジェニファー・ジョーンズが選考されていたようだ。このキャスティングが、様々な問題を引き起こすことになる。

プレミンジャーはウィーン育ちのユダヤ人で、マックス・ラインハルトの後継と目される演出家だった。1935年、ジョセフ・シェンクがプレミンジャーをブロードウェイに呼び寄せ、「Libel!」の演出を担当させた。さらに、20世紀フォックスのダリル・F・ザナックがプレミンジャーを映画監督として招聘する。これが災難だった。最初は低予算映画の監督としてスタートしたのだが、その後決して順調とは言えないキャリアに苦しむ。スターのいないキャストに、凡庸な脚本しか与えられず、更にザナックと『誘拐されて(Kidnapped, 1938)』の脚本で口論となり、ハリウッドで完全に干されてしまう。プレミンジャーはブロードウェイに戻り、水を得た魚のように、数々のヒット作を演出した。また役者としても舞台に立ち、「Margin For Error」ではナチスの将校の役を演じた。

この「Margin For Error」をフォックスが映画化することになり、プレミンジャーはハリウッドに呼び戻される。ナチスの将校の役に飽き飽きしていたプレミンジャーは、ザナックが従軍してハリウッドにいないことを知って、監督をしたいと申し出る。こうして1942年に再度、20世紀フォックスで監督に挑戦することになる。「とんでもなくひどい脚本」を、まだ駆け出しのサミュエル・フラーと書き直した。この後、プレミンジャーは20世紀フォックスの低予算作品の製作と監督を引き受けていくようになる。

1943年の6月にザナックがハリウッドに戻り、20世紀フォックスのオペレーションのトップに復帰、当時とりかかっていた『ローラ殺人事件』の製作指揮もとることになる。プレミンジャーをよく思わないザナックは、プレミンジャーを製作にすえて、監督を探すように命じた。

プレミンジャーはこの脚本でどうすべきかよくわかっているだろう。彼が監督すべきだ。私は辞退する。ルイス・マイルストンからザナック宛のメモ

結局、大して乗り気でもないルーベン・マモウリアンが引き受けた。

トラブル:キャスティングから監督交代まで

『ローラ殺人事件』はキャスティングでまずトラブルを起こしてしまう。

当初、20世紀フォックスはローラの役をジェニファー・ジョーンズで行く予定だった。ジョーンズはサミュエル・O・セルズニックの下で契約していたが、この前年に『聖処女(The Song of Bernadette)』で20世紀フォックスが借受け、アカデミー賞を受賞している。この時、セルズニックと20世紀フォックスは契約を結び、ジョーンズを20世紀フォックスの映画に年一本出演させるという約束をした。これがトラブルの元となったのである。ザナックとプレミンジャーは『ローラ殺人事件』でジョーンズを主役にする予定だったが、ジョーンズが撮影現場に現れなかったとして抗議、1944年5月8日にジェニファー・ジョーンズを契約不履行として訴え、$618,000を要求する。一方、セルズニック側は、「ジョーンズの出演作品はあらかじめセルズニック自身が脚本に目を通して承諾することが条件」と主張し、『ローラ殺人事件』の脚本をまだ見てもいない、と反論した。この裁判は示談となり、1946年にジョーンズはエルンスト・ルビッチ監督の『小間使(Cluny Brown)』で20世紀フォックスの撮影現場に復帰する。

ローラの役の候補にはジーン・ティアニーが挙がった。しかし、ティアニーは「ジェニファー・ジョーンズが断った役をなぜ自分がやらなければいけないのか」と不満を露わにする。結局、ザナックの根気強い説得に押し切られて、ティアニーは役を受けた。

監督のマモウリアンは、現場に入ると、すぐにプレミンジャーの準備した脚本を無視し、書き変え始めた。更に彼は、ウォルドー・ライデカー役に『下宿人(The Lodger, 1944)』で印象深い演技を見せたリアード・クレーガーを起用していた。クレーガーは巨漢で、原作に描かれているライデカーのイメージに実はかなり近い。これにプレミンジャーが異議を唱えた。これでは、最初から誰が犯人か分かってしまうではないか、とザナックに告げた。プレミンジャーは密かにクリフトン・ウェブを呼び、スクリーン・テストを準備していた。ザナックはこのテストを見て納得、ライデカーはウェブが演じることになった。

マモウリアンとプレミンジャーの間はこれで更に険悪になり、マモウリアンの演出は日に日に酷くなっていった。デイリー・ラッシュを見たザナックが激怒し、プレミンジャーにウィーンに帰れとまで言う始末。 マモウリアンは、プレミンジャーが準備した脚本をこき下ろし、プレミンジャーはマモウリアンの演出が古臭いと批判した。結局、プレミンジャーがザナックの前で「自分ならこういう演技をさせる」と実演して見せ、それを見たザナックが納得し、マモウリアンは監督から降ろされた。

監督を引き受けたプレミンジャーは、撮影監督もジョセフ・ラシェルに変更した。有名なローラの肖像画も、マモウリアン夫人が描いたものを外し、ティアニーの写真を引き伸ばして油絵らしく手を加えたものを使用した。マクファーソン刑事にはダナ・アンドリュース、ジゴロのシェルビー役にはヴィンセント・プライス、シェルビーの「パトロン」、アン役にジュディス・アンダーソンが選ばれた。当初の予算は、$849,000、最終的には$1,000,000を超えた。ティアニーが着る衣装には$15,000の予算が当てられ、撮影の2ヶ月前から準備が始まっていた。「ローラに偽物を身につけさせるわけにはいかない」とプレミンジャーが主張し、ダイヤモンドなどの宝石類もすべて本物が準備された。

ジーン・ティアニーは生涯を通じて、精神的に不安定な女優だった。彼女の人生最大の悲劇は『ローラ殺人事件』の一年前に起きる。ティアニーは1941年にオレグ・カッシーニと結婚、1943年に妊娠した。しかし妊娠中に風疹にかかってしまったために、娘は2ヶ月早産、重度の障害を負っていた。(後に、「風疹が治りきらないうちに、慰問活動をしている貴方に会いに行った」とファンからにこやかに告白される。この出来事にヒントを得て、アガサ・クリスティは「鏡は横にひび割れて」を執筆した。)ティアニーはその後の人生でこのショックから遂に立ち直ることができなかったと言われる。『ローラ殺人事件』の撮影時には、プレミンジャーがティアニーの不安定な精神状態に特に気をつかったようだ。

ジーンが、「死んだと思われていたが本当は生きていた」という設定の女性を演じるというのは、実に皮肉だ。なぜなら、ジーン自身はその逆だったからだ。娘が生まれてから、彼女は内側が死んでしまったようだった。ジーン・ティアニーの夫、オレグ・カッシーニ

テーマ曲が生まれるまで

当時、20世紀フォックスの音楽部はアルフレッド・ニューマンが仕切っていた。このトラブル続きの作品の音楽担当を決める段階になって、トラブルに巻き込まれるのはごめんだと思ったのか、ニューマンは、フォックス音楽部でNo.2のバーナード・ハーマンを推薦する。ハーマンは「ニューマンでさえ断るようなプロジェクトを、なんでこの俺がやんなきゃならないんだ」とにべもなく断る。結局、ホラー映画の音楽ばかりを担当していたデヴィド・ラクシンに白羽の矢がささる。

ラクシンは、製作陣が集まるデイリー・ラッシュに参加した。ちょうどマクファーソン刑事がローラのアパートの部屋で「捜査」と称して、彼女の私物を見たり、肖像画を眺めたり、酒を飲んだりするシーンのラッシュだった。ザナックが「これは長すぎるからカットだな」というのを聞いて、ラクシンは「ちょっと待ってください。このシーンでこの刑事はローラに恋をしているんですよね。これこそ、音楽でその心象風景の見せ場にできます。切らないで下さい。」と発言した。場は凍りついた、とラクシンは後年述懐している。ハリウッドの大物中の大物に、誰も名前も知らない、顔も見たことがない若造が楯突いたのである。ザナックは「じゃあ、やってみな」と言った。「蝶番の頭(イエスマンという意味)」というあだ名のスタッフに「お前の失敗の後始末が大変だ」と言われたという。

さらにプレミンジャーが、テーマ曲はもう確保してあるから、それに合わせて編曲しろとねじ込んできた。プレミンジャーは、最初ジェローム・カーンの「煙が目にしみる」を使おうとして許可が降りず、それならばとジョージ・ガーシュインの「サマータイム」を検討したが、ガーシュインに断られ、結局、デューク・エリントンの「ソフィスティケイテッド・レディ」がピッタリだと言い出した。アルフレッド・ニューマンのオフィスでプレミンジャーとラクシンが口論になった。ラクシンは、エリントンの曲はあまりに手垢がついていて、観客に妙な先入観を与えるからダメだと主張したのである。

プレミンジャー:ローラは娼婦なんだぜ。
ラクシン:それは誰の見解ですか?
プレミンジャー(ニュートンに向かって):こいつ、どこで拾ってきたんだ?
ニューマン:ラクシン君の言うことを聞いたほうがいい。

ラクシンが週末中に新しい曲を書き上げることを条件に、プレミンジャーは引き下がった。

デヴィド・ラクシンは、アーノルド・シェーンベルクに師事していたこともある、ボキャブラリ豊かな音楽家である。若干23歳でチャールズ・チャップリンの『モダン・タイムズ(Modern Times, 1936)』の音楽を担当し、その後フォックスでは大量の低予算映画の作曲、編曲を担当していた。『不死の怪物(Undying Monster, 1942)』などでは、「誰にも邪魔されずに色んな冒険をすることができた」と述べている。しかし、ジョージ・ズッコ主演のすえた臭いのするプロットのミステリ映画とは数段格が違うA級作品を担当することになった事実を、その週末に思い知ることになる。全くアイディアが思い浮かばず、意識的に旋律を構築しようとしても、破綻してしまう。転機は日曜日にやってきた。その日、ラクシンは、当時付き合っていた恋人から別れの手紙を受け取る。その夜、その手紙を見ているうちに、あの有名なメロディーが浮かんできたという。

プレミンジャーは、ラクシンの弾くメロディーを聞いて大満足だった。

ザナックが切って短くすると言ったシーンのサウンドトラックは、ラクシンが作曲家であるだけでなく、非常に有能なサウンドエンジニアであることを物語っている。マクファーソン刑事がローラの肖像画を前に眠りに落ちていくときは特に興味深いのだが、この不思議な音が、淡靄に包まれているように微妙に篭って揺れている。これはピアノを使った録音なのだが、決して普通に録音されたものではない。

ラクシンは、この和音の部分を非常に苦労して録音している。まず、ピアノで音符を弾いた時の「アタック(ictus)」―――ハンマーが弦を叩く瞬間の音―――を取り除くために、録音エンジニアと拍を数えながら、ピアノの鍵を叩いた後にマイクを入れるようにして録音した。このようにして録音したピアノの音のセットを二つのリール(この時期は磁気テープではなく、光学トラックでサウンドトラックの編集をしていた)に分けた。これを、あらかじめ録音しておいたオーケストラに載せる。このときにピアノ音の二台の再生機のキャプスタンに仕掛けをしておいた。キャプスタンは微妙に真円からずれており、再生すると微妙に音程が変化する。いわゆるモジュレーション(変調)だ。このテクニックは、実は20世紀フォックスで同じ年に公開された『王國の鍵(The Keys of the Kingdom, 1944)』で使われたものらしい。主演のグレゴリー・ペックはこの映画で中国に渡った宣教師の役をするのだが、30歳から80歳までの年齢を演じている。彼の老いたときの声を、よりそれらしく聞かせるために、音響エンジニアのハリー・レオナードがキャプスタンに細工をして声が震えているようにした。このことを聞いたラクシンが、このキャプスタンを見つけ出してきて使ったのだった。すなわち、非常に原始的ではあるが、サンプリングとエフェクトと多重録音を駆使して、あの霊妙な音を作り出したのである。

公開までのもう一悶着

プレミンジャーが最初のラフカットをザナックに見せたとき、ザナックは「バスに乗り遅れた」と感想を漏らした。突然、フォックスのオフィスで脚本の書き直しがはじまった。

ザナックがゴーサインを出したエンディングは、最後になってローラのナレーションで「これはすべてライデカーの夢でした」という幕引きをする、という、いささか常軌を逸したものだった。プレミンジャーはもちろん不満だったが、黙ってこのエンディングを撮影したようである。試写にはニューヨークのコラムニスト、ウォルター・ウィンチェルが呼ばれた。ザナックは、ウィンチェルの意見を特に気にしたが、彼の「上出来だねえ!でもエンディグが、エンディングが・・・」というのを聞いて元に戻したらしい。

その後のプレビューは順調だったが、ライデカーを演じたクリフトン・ウェブが連日の撮影のストレスから神経衰弱で倒れてしまい、プレビューも病院から直行し、そのまま戻るといった具合だった。

撮影は10週間、公開は1944年10月である。

Reception

公開後のレビューは、各紙高評価である。

ありふれたプロットに新しいアプローチをし、上手いタッチで描きながら、常に意外性があり、特に全体を通して知性に溢れていて、最優秀の折り紙つきの映画だ。 Variety

興行の観点からもかなり期待できると業界紙はいつになく強気だ。

『ローラ殺人事件』は儲かるだろう。スマートなテンポでスマートに語られる、心理劇ミステリ・ドラマだが、平均的な劇場の平均的な観客でも十分理解できる。 Motion Picture Daily

New York Timesは、ジーン・ティアニーに厳しい。

ティアニーは、聡明で洗練された広告会社の重役を、大きな眼の大学二年生みたいに演じている。New York Times

公開後二ヶ月で$2,000,000の興行成績を上げ、1944年の20世紀フォックスのトップ5に食い込んでいる。

アカデミー賞には五部門でノミネートされ、ジョセフ・ラシェルが撮影賞(B&W)を受賞した。監督賞、脚本賞、助演男優賞はいずれもレオ・マッケリー監督、ビング・クロスビー主演の『我が道を往く(Going My Way, 1944)』に奪われた。

作品の人気はこの種の映画にしては非常に息が長く、特にラジオドラマとして繰り返し製作されている。ラックス・ラジオ・シアターでは二回(1945年と1954年)、フォード・シアターでは1948年に一回、スクリーン・ギルド・シアターでは二回(1945年と1950年)製作されている。このなかで、ジーン・ティアニー、ダナ・アンドリュース、クリフトン・ウェブが映画の役を再現したのは、スクリーン・ギルド・シアターのものだけである。1955年と1968年にはTV版も製作されており、’68年版はトルーマン・カポーティが脚本を担当し、リー・ラジウィル(ジャクリーン・ケネディの妹)がローラ役を演じた。

ローラのテーマとして作曲されたメロディは、数多くの出版社から独立した曲として出版する申し出があった。歌詞はジョニー・マーサーがつけた。実は、歌詞が付く前に、ワーナー・ジャンセンがラクシンに直談判してこの曲を録音しており、それが最初のレコード化である。その後、スタン・ケントン、エロール・ガーナーからフランク・シナトラ、スパイク・ジョーンズのコメディ版まで、数多くのミュージシャンがこの曲を録音している。

レイモンド・ボード/エティエンヌ・ショーモンは、『ローラ殺人事件』をハリウッド映画史、フィルム・ノワール史における重大な転回点として考え、特にローラの描き方に、新しいファム・ファタール―――「美しく、非のつけどころがなく、自らがもつ男性に対する力を確信している」女性―――を見出していた。映画評論家のポーリーン・ケールは「みんなの大好きなミステリー」と呼び、アンドリュー・サリスは、プレミンジャーが監督した作品のなかでも「曖昧さと客観性が見事に映し出された名作」と呼んだ。この作品はフィルム・ノワールの代表的作品として数々の分析がなされてきた。特にその性的関係性のねじれについては多くの批評が指摘している。『ローラ殺人事件』がいかに「逸脱」した作品であるかを、ロジャー・イバートは見事に述べている。

『ローラ殺人事件』では、刑事は警察署に全く顔を出さない;容疑者は、他の容疑者の取調べに一緒についてくる;ヒロインは映画の大部分の時間、死んでいる;男が女にひどく嫉妬しているのだが、この男は全くヘテロセクシャルに見えない;恋愛対象の男はケンタッキー出身の頭の悪い男で、これがマンハッタンの高級マンションの世界をうろついている;殺人の凶器にいたっては、刑事が「明日取りに来る」とか言って、元あった位置に戻してしまう。唯一のヌード・シーンといっても、この嫉妬に狂った男と刑事が出てくるシーンなのだ。ロジャー・イバート

Analysis

セリフ、音、映像の協奏的同期

For with Laura’s horrible death, I was alone. I, Waldo Lydecker, was the only one who really knew her, and I had just begun to write Laura’s story when another of those detectives came to see me.
ローラの恐ろしい死とともに、私は孤独だった。このウォルドー・ライデカーこそ、彼女のことをほんとうに知っていた。そしてローラの物語を書き始めようとしたちょうどその時に、あの刑事連中の一人が私に会いに来たのだった。

この作品のオープニングは、マンハッタンの高級アパートの一室をゆっくりとグライドするカメラの映像から始まる。タイトルで流れていたローラのテーマが和音を解決せずに、低音の長音がそれを引き継いで、その上にライデカーのモノローグが重なる。カメラは壁龕に収められた仏像を映し出す。硝子の陳列ケースに置かれた「高価なもの」達をとらえながら、それらの持ち主の反射像とも言える室内をとらえていく。ガラスの上に置かれたガラス細工の工芸品は、ガラスとガラスが触れる音が引き起こす不安な感覚を蘇らせる。この優雅だが怯えたようなカメラの動きの上に重なるライデカーのモノローグの合間に時計の音が静かに加わる。そして、ライデカーが「detectives(刑事たち)」という単語を発するその瞬間に、画面にマクファーソン刑事が現れる。ライデカーが「another of those detectives」という言葉を発するときには、あきらかにそのトーンに軽侮が顕在し、特に「detectives」という単語のアクセントの置き方で、ライデカーとマクファーソンの関係が一瞬にして成立する。映画のタイトルが出て二分と経たないうちに、観客はこの二人の男の運命の予兆をすでに受け取っている。ラストシーンで、この二人の男の運命を見つめる時計の、その片割れも、既に登場している。これほど、セリフと音楽と映像が見事に同期しながら物語を語り始める作品は他に見当たらない。

この作品では、(特にライデカーの)セリフと映像と相互作用を起こす際に音楽が触媒となって、何層にも分離した曖昧さを生み出している。特に秀逸なのは、前述したマクファーソンがローラのアパートで思いに耽るシーンだ。ここは確かにハリウッドの標準的な編集であれば、ほとんどバッサリ切られてしまうようなシーンだろう。ザナックが「切り詰めないといけない」と発言したのも理解できる。ここで、マクファーソンの成就できない幻想への耽溺と、その苛立ちがカメラの前に顕在化する。彼は、ローラの日記を広げたり、彼女のベッドルームに入っていって、香水を嗅いだり、ワードローブを覗いたりする。そのストーカー的な行動は、プロットを進める上ではほとんど機能していない。むしろ、途中で現れるライデカーのマクファーソンに対する指摘が、全てを物語っていて、それで十分なはずである。ここではサウンドトラックのローラのテーマが常に解決することなく、様々に転調して不穏な展開を繰り返し、マクファーソンの苛立つ神経の様子を表している。恐らく、ライデカーに指摘されるまで、マクファーソンはその苛立ちの原因も理解できていなかったかもしれない。ライデカーが帰り際に残す言葉、「死体に恋する」という表現がきっかけとなって、マクファーソンに自らの執着の病を自覚をさせたはずなのだが、実はダナ・アンドリュースの演技の限界が露呈していて、メリハリが見られない。それをラクシンが編み出した特殊録音のピアノのコードが救っている。ライデカーの発言を期に、この不可思議な音が登場し始め、その和音がマクファーソンを黄泉の世界の眠りに引きずり込んでいく。

ローラの登場の場面ではサウンドトラックに、ローラのテーマは使われていない。全く音楽がないなかで、時計の音だけが背景の音として存在している。すなわち、一挙に極端なリアリズムに立ち戻るのだ。さらに、ローラが登場してからは前半で繰り返し現れていたローラのテーマはすっかり影をひそめる。このテーマは、ローラのテーマというよりも、死んだローラに対してファンタジーをこじらせて執着する男のテーマといったほうが良いかもしれない。

映画のラストも、セリフと映像が見事に同期してサスペンスを高める効果が活きている。ライデカーのラジオ放送が、ボイスオーバーのように流れ、それに応えるように、ショットガンを持ったライデカー本人がローラの前に現れて言うのだ。「そういうものだろう、ローラ?」驚いたローラと心を決めたライデカーの間の沈黙にラジオアナウンサーの「只今のは、ウォルドー・ライデカーの声でした」という声がかぶさる。ライデカーが、ローラの生活空間へ不気味なまでに侵入し、その周囲の空気を満たしていること、あるいは満たしたいという欲望が映像と音とセリフで畳み掛けるように表現されている。

『ローラ殺人事件』では、「ローラのテーマ」の耳障りの良さが注目されがちであるが、むしろ全体を通して音と映像の構築の共時性がうまく機能していることのほうに注目すべきであろう。

スタジオ・システムが生んだ多面性

アンドリュー・サリスは、オットー・プレミンジャーの「曖昧さと客観性」が成功した作品として『ローラ殺人事件』、『天使の顔(Angel Face, 1953)』、『バニー・レイクは行方不明(Bunny Lake Is Missing, 1965)』の三作を挙げ、「(プレミンジャーは)善と悪の永遠の闘いの表現様式ではなく、一方に悪ー善、もう一方に善ー悪を並べる、二人の人間のワンショットととして」人間の条件を見ようとしたと述べている。しかし、『ローラ殺人事件』に限って考えると、それは「善ー悪」という地平ですらない。ここでは、登場人物たちの行動と意図が、外から見える行動やセリフでは測りえない、という曖昧さが際立っており、そこが、この作品を他の同時期のハリウッド映画、さらにはフィルム・ノワールのなかからでさえも逸脱したものにしている。そして、それはプレミンジャーが作家として働いたこと以上に、スタジオ・システムの作業が、心理的なサブテクストの存在を複雑で多面的なものにしたからである。

ヴェラ・キャスパリーの原作では、ミステリー小説としての機能性が優先されているものの、「性的抑圧」のサブテクストが常に全体のプロットの原動力になるように仕組まれている。しかし、この抑圧は主にライデカーのキャラクターに対して充てられている。ところが、映画の準備段階でクリフトン・ウェブがライデカーを演じることになり、さらにザナックが脚本の修正を繰り返し指示するようになってからは、意図的かどうかははっきりしないが、性的抑圧はライデカーとマクファーソンの両方のキャラクターが経験するものになっていく。特にザナックは、ライデカーのシニシズムを強調することに執心しており、それが結果的にマクファーソンのシニシズムと呼応して、この二人のキャラクターが表裏一体のように描かれることになった。例えば、ライデカーがマクファーソンに対して放つ「精神病棟に入ることになる」というセリフも、原作ではマクファーソンの上司が言うセリフである。しかも、ローラが生きていて、殺されたのは別人だという報告に対して「そんな妄言を吐くと精神病棟に入れられるぞ」という返答として、である。このセリフをネクロフィリアを示唆するようなライデカーの発言に書き換えたのは、結果的には、マクファーソンとライデカーのお互いの抑圧された心理を強調するものになった。

一方で、ラクシンのサウンドトラックは、曖昧さを常に残したまま、プロットにまとわりついていく。ラクシン自身が述べているように、「ローラのテーマ」は耳に残るように繰り返し現れるが、それは和声的に可決されることは一度もなく、不協和音でシーンをブリッジしたり、転調して場面を転回したりするばかりなのだ。実際に、ラクシンがこのテーマを独立した曲に編曲したときには、「Gで始まるがCで終わる」ように工夫せざるを得なくなり、出版社のほうも奇妙に感じたという。このテーマの未解決から派生する、不協和音、低音によるドローンのような長音といった、音響的な曖昧さが、作品全体を支配している。

また、キャスパリーの女性視線の物語をプレミンジャーが完全に家父長的な視点の物語に変えてしまったという批判もあるが、そのような「明快さ」がこの作品にあるのかどうか非常に疑問である。確かに原作に比べて、ローラの能動性が「男性の力を借りて」社会的な成功をおさめる点にシフトしているのはそのとおりだろう。しかし、男性的な支配の物語として読むには、ライデカーとマクファーソンがあまりに(当時の規範から)逸脱しすぎている。ライデカーはヘテロセクシャルの力関係を固持するにはとても程遠いキャラクターに描かれてしまっているし、マクファーソンがローラに対して抱いたであろう妄想は、ライデカーの指摘したとおりお門違いでしかない。プレミンジャーは、ローラを「娼婦」と考えていたようだが、プレミンジャーの意図はどうあれ、ライデカーとマクファーソンのキャラクターはその目論見を裏切ってしまっていると言えよう。

この作品は、統一されたテーゼを持つには、あまりに多くのエージェントが関与しすぎた感がある。しかもそれら各々の意図とは別の解釈が可能になるような、そういった重層性が生まれてしまっている。もともとの曖昧さの上に、さらに製作に関与した者たちの曖昧な解釈が適用され、カレイドスコープのように見る角度、見える角度で様々な「曖昧さ」の解釈が可能になる作品だ。「プレミンジャーの最初にして最大の成功作」と言われるが、むしろ当時の20世紀フォックスの製作陣の層の分厚さが浮き彫りになっていると捉えるほうが適切ではないだろうか。

曖昧な語り手

“Goodbye, my love.”

このライデカーの最後の言葉は、いったい、どこで、いつ発せられたのか。

この直前に、ライデカーはマクファーソンの部下に撃たれてソファに倒れ込む。そこで「Goodbye, Laura」と絶えそうな息のなかで言う。カメラはマクファーソンとローラに切り返すが、二人はライデカーの方へ向かってフレームの外へ出ていく。そして二人の影にあった時計―――ライデカーがローラに贈り、そしてショットガンを隠した時計―――の、ショットガンの銃弾で破壊された「頭部」に寄っていく。そこでこの「Goodbye, my love」というセリフがかぶさるのである。

デビッド・ボードウェルは、この最後のセリフが「死んだライデカーによるボイスオーバーナレーション」の一部ではないか、という指摘をしている。あくまで可能性としての指摘であって、決して断言しているわけではない。ただしこの可能性が興味深いのは、そう考えると、このエンディングは、オープニングのライデカーのナレーションと呼応して大きな物語の弧を形成し、映画全体が、これからあの世に向かうライデカーのフラッシュバックとして機能する、という点である。ボードウェルは、もちろん製作過程の脚本や当時のコンヴェンションなども視野に入れた上で議論している。たとえば、脚本には草稿、撮影用ともに、ナレーションとして扱われるべき場合は「WALDO (narrating)」、地のセリフがオフスクリーンで聞こえる場合には「WALDO’s voice」、と書き分けられている、と述べている。そして、草稿、撮影用台本ともに、このセリフは「narrating」と記されていないという。また、オリジナルのエンディングではライデカーは撃たれはするものの、生き残ることになっていたという。そこで重傷を負ったライデカーは「時が止まるまで、君のことだけを思っているよ」と言って運び出される。ザナックはこのエンディングに不満を示し、撮り直しをさせている。そこでは、ライデカーが今のエンディングと同じセリフを言った後に、カメラがパンして壊れた時計を映した。ボードウェルは、今私たちが見ている公開バージョン―――セリフの後半は時計を映した上に被せられている―――は、さらにまたその後に撮影し直されたものだろうと考えている。ザナックは何かが気に入らず、変更を指示したのだろうが、撮り直しの意図は不明だ。

いずれにせよ、この公開直前の度重なる変更により、ラストシーンの曖昧さが際立ったものになる。ボードウェルは、最後の「Goodbye, my love」の録音が、その前のセリフよりハッキリと聞き取れるように録音されている点に注目している。

つまり、この忘れがたい結末―――時計はウォルドーのローラへの贈り物であり、壊れた時計の面は最初の犠牲者を思い浮かばせる―――を提示する一方で、サウンドトラックはオープニングをハッキリと思い起こさせるものになっている。デビッド・ボードウェル

彼が指摘するように、ハッキリと語り手が「私は死んでいる」と宣言する『サンセット大通り(Sunset Boulevard, 1950)』に比べて、この曖昧で、喚情的でまとまりのない終わり方のほうが、より魅惑的であることは間違いないだろう。ライデカーの声が最後にハッキリ聞こえるのは、フレームの外へ出ていって、そばに寄って行ったローラの耳元で囁いたからかもしれない。するとあれはローラの聞いた声だろうか。それともローラに囁いた声を横でマクファーソンが聞いたのだろうか。そう考えるのが自然のようにみえる。確かに物語を通して、マクファーソンに寄り添った語りが中心にあるのは間違いない。だが、それもやはり矛盾を起こしてしまう。冒頭のナレーションはライデカーのものであり、途中のフラッシュバックもライデカーによる回想だからだ。

ライデカーとマクファーソンは表裏一体だ。どちらもローラという女性を、自分のなかに作り上げたイメージとして見ている。この二人は、「Obsession/執着」に囚われて、それを正当化することを「愛情」だと見誤っている。むしろ、自意識にとらわれずにローラを一人の女性として見ているのはシェルビーのほうである。だから、この作品の「語り」、あるいは「視点」がライデカーとマクファーソンのあいだで揺れたとしてもおかしなことではないのかもしれない。

フィルム・ノワールにおいては、「語り手」の立つ位置は非常に重要だ。それは誰のフラッシュバックなのか、誰がいつナレーションしているのか、といったことが、その物語と物語のなかでの逸脱との相関関係を明らかにする。同じ年の『ブロンドの殺人者(Murder, My Sweet, 1944)』、『深夜の告白(Double Indemnity, 1944)』がフラッシュバックを丁寧に描いて、視点を明確にしているのは、非常に典型的だ。『ローラ殺人事件』は一見毒気のない、きらびやかなマンハッタン・ノワールのように見えるが、これほどまでにアンビバレントな作品は珍しい。しかも、そのアンビバレントさが、当初から狙われていたわけではなく、製作の過程で起きた妥協や思いつきのパッチワークである、という点が示唆的だ。奇跡的ともいえるが、同時にスタジオシステムの底力とも言えるだろう。

Links

ヴェラ・キャスパリーの生涯と、「ローラ」に関するエピソードが、ニューヨーカーで取り上げられている。ミシェル・ディーン著の伝記からの抜粋である。

TCMのサイトでは、ローラの製作過程から公開後のラジオ、TVでの展開、そして90年代のDVDに収録された公開時未収録のシーンについてなどを論じている。

デビッド・ボードウェルは、ナラティブの観点から「死者が語る」映画への可能性としてこの作品を論じている。

Data

20世紀フォックス配給 10/11/1944 公開
B&W 1.37:1

製作オットー・プレミンジャー
Otto Preminger
出演ダナ・アンドリュース
Dana Andrews
監督オットー・プレミンジャー
Otto Preminger
ジーン・ティアニー
Gene Tierney
原作ヴェラ・キャスパリー
Vera Caspary
クリフトン・ウェブ
Clifton Webb
脚本ジェイ・ドラトラー
Jay Dratler
ヴィンセント・プライス
Vincent Price
脚本サミュエル・ホッフェンスタイン
Samuel Hoffenstein
ジュディス・アンダーソン
Judith Anderson
脚本ベティ・ラインハート
Betty Reinhardt
撮影ジョセフ・ラシェル
Joseph La Shelle
撮影助手ルシアン・バラード
Lucien Ballard
音楽デヴィッド・ラクシン
David Raksin
編集ルイ・ローフラー
Louis Loeffler

References

[1] M. Cooke, A History of Film Music. New York: Cambridge University Press, 2008.
[2] L. Babener, “De-feminizing Laura: Novel to Film,” in It’s a Print!: Detective Fiction from Page to Screen, W. Reynolds and E. A. Trembley, Eds. Popular Press, 1994.
[3] M. Vogel, Gene Tierney: A Biography. McFarland, 2010.
[4] V. Caspary, Laura, by Vera Caspary and George Sklar: A Play. English theatre guild, 1942.
[5] R. Behlmer, Memo from Darryl F. Zanuck: The Golden Years at Twentieth Century-Fox. Grove Press, 1995.
[6] F. Hirsch, Otto Preminger: The Man Who Would Be King. Knopf Doubleday Publishing Group, 2011.
[7] C. Webb, Sitting Pretty: The Life and Times of Clifton Webb. Univ. Press of Mississippi, 2011.
[8] D. Raksin, THE BAD AND THE BEAUTIFUL: My Life in a Golden Age of Film Music by David Raksin. .
[9] V. Caspary, The Secrets of Grown-Ups: An Autobiography. Open Road Media, 2016.
[10] C. Fujiwara, The World and Its Double: The Life and Work of Otto Preminger. Farrar, Straus and Giroux, 2015.
[11] A. Sarris, “You Ain’t Heard Nothin’’ Yet”: The American Talking Film, History & Memory, 1927-1949.” Oxford University Press, 1998.