FILM

Murder, My Sweet (1944)

ブロンドの殺人者
Murder, My Sweet

RKOピクチャーズ
1944

もちろん、出来得る限りオーソン・ウェルズの功績なんて認めたくはないんだが、彼がフィルム・ノワールの始まりに関わっているのは、まあその通りだよね。
エドワード・ドミトリク

 

 

Synopsis

私立探偵のフィリップ・マーロウは、2件の殺人事件についてランドール警部補から執拗に尋問を受けている。マーロウは「まずはマロイからだ」と事の始まりを語り始める。巨体の乱暴者、ルース・マロイが、ヴェルマという女の行方を突き止めるようにマーロウに依頼するのだ。ヴェルマのことを嗅ぎ回り始めると、すぐに怪しい人間たちがマーロウの事務所に現れ始める。マーロウにボディーガードを頼む者、新聞記者を装った女、その糸を辿っていくマーロウはやがて底なしの落とし穴に落ち込んでいく。

 

 

Quotes

‘Okay Marlowe,’ I said to myself. ‘You’re a tough guy. You’ve been sapped twice, choked, beaten silly with a gun, shot in the arm until you’re crazy as a couple of waltzing mice. Now let’s see you do something really tough – like putting your pants on.’

「オーケー、マーロウ、」俺は自分自身に言った。「お前はタフガイだよな。二度も殴られ、首を締められ、拳銃でしこたま殴られ、おまけに腕に注射を打たれて、こまネズミみたいにされちまった。じゃあ、本当にタフなことをやってみようか。ズボンをはこうぜ。」

ー フィリップ・マーロウ

 

 

Production

プロデューサーのエイドリアン・スコットは、1940年代のハリウッドの進歩主義的な左翼思想家のなかでもひときわラジカルな思想の持ち主で、映画脚本家組合、反ナチ連盟等で積極的に活動していた。脚本家ジョン・パクストンによればスコットは「イデオロギーを超えたいかなる不正義や悪を許さない」姿勢を貫いていたという。1930年代の後半にMGMとパラマウントで脚本家としてキャリアをスタート、RKOでケーリー・グラント主演の『ミスター・ラッキー(Mr. Lucky, 1943)』をヒットさせた。その後、同僚の脚本家たち、ビリー・ワイルダー、ジョセフ・L・マンキウィッツらが監督に転向するなか、スコットは「完成した映画の統一性を守ることができるのはプロデューサーだ」と考えてRKOでBユニットのプロデューサーに転身する。『ブロンドの殺人者』『影を追う男(Cornered, 1945)』『十字砲火(Crossfire, 1946)』をジョン・パクストン(脚本)、エドワード・ドミトリク(監督)とともに製作した。

プロデューサーになったばかりの1943年、スコットはBユニットの作品としてふさわしい題材を求めてRKOが溜め込んでいた映画化権所有作品を片っ端から漁っていた。その時にレイモンド・チャンドラー原作の「さらば愛しき女よ(1940年刊)」を見つけたのである。実はRKOはこのチャンドラーの代表作を1941年にたったの2000ドルで購入し、そのプロットを借りて、ジョージ・サンダース主演の冒険活劇「ファルコン・シリーズ」の3作目(Falcon Takes Over, 1942)として映画化していた。しかし、これはプロットを借りてきただけであって、チャンドラーの描く病んだロサンジェルスはハリウッド標準のニューヨークに置き換えられてしまっていた。廃却予定の山のなかから「さらば愛しき女よ」の原作を見つけ出してきたスコットは、この作品に同時代的な可能性を見出し、原作のもつ陰鬱で視界の悪い世界を忠実に映画化するつもりであった。

スコットは、当初チャンドラー本人を脚本に呼びたがったが、彼は既に『深夜の告白』の成功のおかげでパラマウントが容易に手放さなかった。そこで、RKOの脚本部でくすぶっていたジョン・パクストンに「さらば愛しき女よ」を渡した。パクストンは本をもらった午前中に読み切り、二人はすぐに脚本にとりかかる。原作ではフィリップ・マーロウが一人称で語るのだが、その感覚を活かすためにボイスオーバー・ナレーションを採用した。

直接物語を語らせるためではなく、もっと主観的な感じで使うつもりだった。シンコペーションのナレーション、その時にスクリーンに映っているイメージとは直接関係ないナレーションを考えていた。ジョン・パクストン

監督には『恐怖の殺人養成所(Hitler’s Children, 1943)』で実力を見せたエドワード・ドミトリクが選ばれた。当初Bプログラム・ピクチャーとして$150,000程度の予算が計上されていたが、脚本を読んだRKOの所長チャールズ・M・ケーナーが$400,000まで出すことを承知した(とは言え、『市民ケーン』の半分である)。スコット、ドミトリク、パクストンは、フィリップ・マーロウ役としてハンフリー・ボガートを切望したのだが叶わず、「ジョン・ガーフィールドでもいいか」となっていたところへ「ディック・パウエルはどうだ?」という話がでた。

ディック・パウエルは1932年からワーナー・ブラザースでミュージカルの主演男優として一世を風靡していた。『42番街(42nd Street, 1933)』『泥酔夢(Dames, 1934)』などのヒットミュージカルで甘くて他愛もない歌を見事に歌いこなし、1930年代最も人気のあるスターだったのだが、パウエル自身はその役回りに飽き飽きしていてスタジオとしばしば揉めていた。彼はついにワーナーの契約を買い戻し、フリーランスとして活動し始める。プレストン・スタージェスの『7月のクリスマス(Christmas in July, 1940)』に出演したのもこの頃だ。『深夜の告白(Double Indemnity, 1944)』の主演を取ろうと様々な方面に働きかけたが、結局ウォルター・ネフの役はフレッド・マクマレーに取られてしまった。「そのうちミュージカルの時代がもどってくる」と考えていたRKOのケーナーは、値踏みして傷心のパウエルと契約、そのうちミュージカルで歌わせるつもりでいた。そこに「さらば、愛しき女よ」の映画化の話が持ち上がり、「ミュージカルに出てもいいが、その前に一回タフガイをやらせろ」というディック・パウエルにフィリップ・マーロウの役がまわってきたのである。

ここでもやはりプロダクション・コードが障害となってくる。興味深いのは、プロダクション・コードを運営するPCA(通称「ブリーン・オフィス」)のトップ、ジョセフ・ブリーンは1941年から1年間、PCAを辞めてRKOの製作主任を勤めていたことである(その後復帰)。この時に「さらば、愛しき女よ」の原作を入手、映画化している。つまり、もともとブリーン自身が持ち込んだ題材であるから、RKOから脚本が提出されても強硬に突っぱねたり、ジェームズ・M・ケイン原作の『深夜の告白』のときのように脅しをかけたりする訳にもいかない。PCAは基本的に映画化できる脚本としながらも、セックスを暗示するような表現、ホモセクシャリティに関する表現、不倫を示唆する表現、自殺をほのめかす表現などの削除を求めている。

ファム・ファタールのグレイル夫人を演じるのは、クレア・トレヴァー。ウィリアム・ワイラー監督の『デッド・エンド(Dead End, 1937)』でハンフリー・ボガートの昔の恋人で今は娼婦という役柄、ジョン・フォード監督の『駅馬車(Stagecoach, 1939)』でも娼婦を演じ、娼婦役、西部劇のサルーンの顔役、ギャングの愛人、などにタイプキャストされていた女優である。ここでは、マイルス・マンダー演じるグレイル氏のどう見ても不釣り合いな妻として異彩を放っている。その対照として登場するのがアン・シャーリー、グレイル氏の娘アンを演じている。シャーリーは幼い頃から子役として活躍し、この時26歳、すでに24年のキャリアを積んでいた。この作品を最後に引退するが、翌年エイドリアン・スコットと結婚する(49年に離婚)。

フィリップ・マーロウをロサンジェルスの底なしの闇に連れて降りていくのが、前科者のムース・マローン。マイク・マズルキが演じている。マズルキは俳優としての演技の幅が狭いという批判が多いが、ここではそれが逆に有利に働いている。抑揚を欠いた棒読みのような発話、読みとりにくい表情、ゆっくりだが重みのある動き、それらがムースの一度弾みがついたらなかなか止まらない暴力の加速度を上手くスクリーン上に映し出している。自らを「イカサマ師」と呼ぶ、テフロンのように掴みどころのない悪者、ジュールズ・アンソーを演じるのはオットー・クルーガー。高級マンションに住み、高価なスーツを着こなし、生活の糧を脅迫や強請で得ている、爬虫類のような人物を演じることが多い。

撮影監督はハリー・J・ワイルドが担当している。ドミトリクは「『ブロンドの殺人者』を撮影する前にはワイルドは西部劇をフラットな照明で撮っていた。それを私がローキーで撮影するカメラマンにした」と豪語しているが、決してそればかりではないだろう。ワイルドはオーソン・ウェルズの『華麗なるアンバーソン家の人々(The Magnificent Ambersons, 1942)』でセカンド・ユニットの撮影を担当したりもしている。『ブロンドの殺人者』の後も『影を追う男』などでドミトリクと組んでいる。

ディック・パウエルは実は180cm(一説には188cmとも言われている)の長身で、これが撮影の際に障害になった。対するマズルキは元レスラーで195cmなのだが、パウエルとの身長差が思ったほど無く、「巨体のムースに圧倒されるフィリップ・マーロウ」の構図が上手く作れなかったのである。既に巨体のマズルキを箱の上に立たせる、パウエルとマズルキがならんで歩くときには、溝の中をパウエルに歩かせる、などの細工をして撮影された。ムースがマーロウのオフィスに現れる冒頭のシーン、マーロウが眺めていた夜の窓にムースの反射が映るシーンは特に困難を極めた。当初、マズルキをパウエルの後ろに立たせて、ネオンサインの効果を狙った点滅照明で、窓にマズルキの姿を反射させたのだが、これが上手くいかなかった。「次の日にラッシュを見たら、マズルキがちっとも怖くなかった(ドミトリク)」のである。これは、マズルキがパウエルの後ろに立っているために結果的に窓から遠くなってしまい、小さくぼんやりとしか映らなかったからだそうだ。そこで、大きなガラス板が持ち込まれ、パウエルとマズルキの間に差し入れられた。遠くの窓の代わりに、このガラス板にマズルキの反射を映して撮影、これでマズルキは夜闇に幻のように浮かび上がってパウエルの上に立ちはだかる。

作中に幾度か「落下」を表すシーンがある。殴られて気を失う、薬物をうたれて悪夢を見続ける、といったシーンだ。これはプロセス・ショットとカメラの移動を組み合わせて撮影された。RKOの特撮班は、ヴァーノン・ウォーカー、リンウッド・ダンといった、当時のハリウッドでも最高の技術者達、『キング・コング』をスクリーンに映し出し、『市民ケーン』でオーソン・ウェルズのアイディアを具現化したチームである。こういった悪夢の映像がよどみなくナラティブの中に編み込まれている。

1944年の冬に、ニュー・イングランドの幾つかの劇場でプレビュー上映をしたが、結果が芳しくなかった。理由はタイトルである。原作の題名”Farewell, My Lovely”でプレビューを行なったのだが、これが「またディック・パウエルのミュージカルか」と敬遠されてしまったのだ。また、ミュージカルだと思って来た客には、まったく見当違いの映画で、これも評判が悪かった。そこで、急遽題名を変更、誰が見ても分かるように最初に”Murder”を持ってきて、”Murder, My Sweet”とした。

チャンドラーの「さらば、愛しき女よ」は、1970年代にハードボイルド小説の映画化が流行になった際に、ロバート・ミッチャム主演で再度映画化されている。スクリーン上のフィリップ・マーロウとしては、この他にも『三つ数えろ(The Big Sleep, 1945)』のハンフリー・ボガート、『かわいい女(Marlow, 1969)』のジェームズ・ガーナー、『ロング・グッドバイ(The Long Goodbye, 1973)』のエリオット・グールドが有名であるが、誰の演技が最も「フィリップ・マーロウ」を具現化できているかは意見の別れるところである。

 

 

Reception

この作品は財政的に苦境に立たされていたRKOにとって幸運にも利益($597,000)をもたらしたという。公開当時のレビューでは、どうしても『深夜の告白』と比較されてしまったが、それでも比較的好意的な批評が目立った。

ある意味で、(『深夜の告白』と比較して)受けがいいだろうが、若干乱雑で、より苛烈で、撮影もすぐれている。Time

『さらば、愛しき女よ』には、スリルと恐怖、そしてエキサイティングなシーンが詰まっている。Motion Picture Herald

『深夜の告白』『ガラスの鍵(The Glass Key, 1942)』と同じ種類の映画だが、どちらにも劣る。 New Statesman

レイモンド・チャンドラーは「自分の描いていた世界は映像に出来ないと思っていたが、想像以上に素晴らしい」と絶賛し、ディック・パウエルのマーロウを「自分のイメージに近い」と評していた。ポーリーン・ケールは「(チャンドラーの)その判断はいかがなものか」と釘をさして「エネルギーに満ちてはいるが、原作以上に安っぽい」と手厳しい。

フィルム・ノワール批評の文脈では、フランスの戦後批評が「フィルム・ノワール」を発見する経緯となった作品群のなかでも、特に重要な位置を占めている。レイモンド・ボード/エティエンヌ・ショーモンは、ジョン・ヒューストンの『マルタの鷹(The Maltese Falcon, 1941)』、オットー・プレミンジャー監督の『ローラ殺人事件(Laura, 1944)』、ビリー・ワイルダー監督の『深夜の告白』、フリッツ・ラング監督の『飾り窓の女(The Woman in the Window, 1944)』とともに、戦後のパリのスクリーンに現れた、奇妙で暴力的な一群の作品として挙げている。

この数ヶ月前に公開された『深夜の告白』との比較は、その後も続く。レイモンド・チャンドラーが原作の『ブロンドの殺人者』と、そのチャンドラーが脚本を担当した『深夜の告白』との比較で、いかにチャンドラーとワイルダーの脚本が優れているかを明らかにしようとするものも多い。また、フィリップ・マーロウのキャラクターとしては、圧倒的に『三つ数えろ』のハンフリー・ボガートによる演技のほうが知名度が高く、人気もある。最も好意的な評は、監督自身の言かもしれない。

『ブロンドの殺人者』は、流行を作り、スタイルを決めた映画だ。その流れは今でも続いている。エドワード・ドミトリク

 

 

Analysis

フィリップ・マーロウを演じる

チャンドラーの生み出したキャラクター、フィリップ・マーロウを映像で演じた俳優は多いが、最も知名度が高いのはやはりハンフリー・ボガートだろう。

ハンフリー・ボガートだけがフィルム・ノワールの本質的なトーンをマーロウに植え付けることができた。ステファン・カンファー

ボガートのマーロウには非の打ち所のないセックス・アピールがある。コンスタンティン・サンタス

と言った具合である。一方でディック・パウエルのフィリップ・マーロウは「コメディ風」「ボーイッシュ」などと呼ばれ、悪評ではないものの、亜流として紹介されてきた。こういった「フィルム・ノワールのタフガイ」の好き嫌いは、見る側がそれに何を求めているかで変わってくるのだが、ディック・パウエルのマーロウを「タフガイ」と呼ぶには確かに若干違和感があるだろう。だが、パウエルが演じたマーロウには他の演者にはない側面がある。

例えば、マーロウの「歩き方」に音楽的なリズムをもたせたのは、パウエルだけではないだろうか。彼がムースの後をついて階段を上っていくとき、まるでミュージカルのダンス・ステップのような足取りでつま先だけで上がっていく。グレイル家のホールでホップスコッチ(けんけんぱ)をやって見せ、監禁下で復活する過程も歩く足で表現されている。監督のドミトリクは、この点を明らかに意識して演出している。もちろん、ディック・パウエルがミュージカルのスターだったことを踏まえての演出だ。

そして、パウエルのマーロウは全く「タフ」ではない。彼は拳銃を持っていても役に立たないか、抜き取られているかのどちらかだし、相手を殴っても反撃されて意識を失うのが関の山である。元々、マーロウは原作でも、散々減らず口を叩く割には、マッチョではないのだが、この『ブロンドの殺人者』のマーロウは、パウエルの表情も加わって、さらに絶望的に「ソフト」である。クレア・トレバー演じるヘレンがマーロウの部屋を訪れるシーンで、パウエルがシャツ姿で鏡に映っているのだが、やや腹が出ていて、おやと思わせる。『キッスで殺せ』でマイク・ハマーにクリスティーンが「あなたって毎朝腕立て伏せしてお腹を引き締めてるんでしょ」と言っていたことを思い起こさせる。「私はポチャッとしたのも別にかまわない。親しみが湧くしね。」と続けるクリスティーンは、マイク・ハマーの行き過ぎた自己愛を指摘していた。イメージが先行するハリウッドのスターシステムでは、「ぽっちゃりした腹」はかなりのギャンブルだったはずである。だが、むしろ歳相応の体型を見せることで、「ミュージカルのスター」というハリウッドのシステムから一歩外れるだけでなく、「無力な探索者」という役回りを齟齬無く演技し、演出できているという点では、確かにその後の流行を作ったかもしれない。

このマーロウの無力さは、ムースとの関係においては決定的である。ここで重要なのはムースは依頼者であり、決して敵ではないという点だ。だが、マーロウにとって、ムースは突然現れる脅威として描かれている。ムースが登場するときには、何の前触れもなく突然現れ、マーロウはその都度怯える。ムースから見下され、マーロウは怯えた眼でムースを見上げる。この構図が一貫して続く。なぜ怯えるのか。ムースのことを「私立探偵を雇わなきゃ人探しも出来ない」と心のなかでは小馬鹿にしているのにも関わらず、である。

『ブロンドの殺人者』のマーロウが、決定的に他の映像化作品と違うとすれば、それは、「マーロウは全く知恵が先回りしていない」という点であろう。つまり、見ている我々が「マーロウは何か知っている」と思える瞬間がほとんどなく、アンに指摘される通り「あちこち適当に叩いている」だけだとしか思えないのである。だから、依頼された仕事にも進展がない。ムースが現れる度にビクッとするのは、ムースの巨体もさることながら、ムースの依頼について進展が無いからでもあるはずだ。我々にも経験がある、クライアントから進捗を尋ねられて「あっ」と心のなかで叫ぶ、あの感覚にも近いだろう。

この観客と同じかそれ以下の知恵の無さ、度胸の無さ、実務能力の無さ、腹の出っ張りを「マーロウらしい」と見るかどうかは、まさしく観客のマーロウ像にかかっている。

ボイス・オーバーが紡ぐ世界

レイモンド・チャンドラーの作品は、そのあまりに特徴的な一人称の語りのため、映画化の際に「どの視点から物語を語るか」が問題になる。すっぱり「三人称」的なカメラ、第四の壁側にいるカメラになりきってしまうものもあれば、『湖中の女(The Lady in the Lake, 1947)』のように「一人称」カメラ(マーロウの視点からの映像)で押し通すものもある。『ブロンドの殺人者』はクレバーな選択をした。警察の事情聴取をフラッシュバックにして、ボイスオーバーで語らせたのである。

フラッシュバックであるから、決して「常に一人称」ではなく、過去に起きたことをやや離れた位置から見ていることもできるし、またその意識に潜り込んで語ることもできる。そのカメラの位置は、取り調べで語っているマーロウの意識として自由に浮遊することができるのだ。だから、そこに映っている映像は、本当に起きたことなのか、それともマーロウの意識が歪めたものなのかは、実ははっきりしない。

その曖昧さが活きているのは、例えば、この作品のファム・ファタール、ヘレンが登場するシーンだ。このあまりに不自然なポーズをとったヘレンは、マーロウの意識が歪めたものなのか、それとも本当にそうだったのか。このショットを見る限り、ヘレンはマーロウを見ているはずであるから、このカメラの位置はマーロウのPOVではない。切り返しのショットでマーロウは下へ視線をやり、ヘレンの脚を見ているのが分かる。もう一度切り返すと、ヘレンは自分の脚に目をやり、自分の脚が見られていることを意識するが、その脚はむしろ見せたままにする。その間にグレイルが翡翠のネックレスの話をしているのだが、マーロウはろくに聞いていない。ふっとグレイルの方へ注意をやると、横にいたアンが、ヘレンの脚の一部始終を見ていたらしく憤慨して場を離れる。たった5つのショットで、アン、ヘレン、グレイル、マーロウの意識の位置を現し尽くす、実に無駄のない演出だ。だが、この意識の位置が、本当にその時に起きたことなのか、それともフラッシュバックとして思い出しながら編集したものなのか、は分からない。だが、その曖昧さを上手く利用して、この作品は随所にデフォルメを施している。

前述の窓ガラスに映ったムースの像、マーロウを呼ぶアンの声の反響音(これは明らかに『市民ケーン』の音響効果そのものだ)、転び落ちそうになる階段の上から見下ろすショット、深夜のロサンジェルスの人気のない道路、実はそういった何気ない映像のどれもがデフォルメの産物であることが、この作品が成功している点でもある。悪夢のシーケンスのプロセスショットや意識を失っていく際の黒い縁取りなどが「ドイツ表現主義的」と誤って評価され、その視覚的トリックばかりが取り上げられるが、むしろ通常のプラン・アメリカンの間に差し挟まれる奇妙なショットのほうが興味深い。

この曖昧で、歪んだ像は、実はチャンドラーの作風にも呼応している。チャンドラーの表現は、当時の文章作法から見てかなり奇矯で、ブラック・マスク派のなかでも群を抜いて目立っていた。それは比喩というにはあまりに猥雑で非現実的で、かつ図抜けて面白い。ビリー・ワイルダーは、チャンドラーの作品で「(男の)耳から毛が長く伸びていて、蛾でも引っかかりそうだった」という表現を読んで、こんなことを思いつく奴に一度でいいから会ってみたい、と『深夜の告白』の脚本を依頼に行ったくらいである。「泥バケツのような顔をした可愛い中年婦人」なんて表現をどうやって映像化するのか。だが、ボイスオーバー・ナレーションが「泥バケツ」に差しかかったところで、エスター・ハワードのクシャクシャの顔が現れれば納得する。ボイスオーバーは、妙な自意識の世界を見せられるようで、敬遠されることも多い。だが、この作品のように語られる言葉と映像が現実を歪めつつ、虚構の危うさを隠蔽しながら表現することは可能なのだ。

エイドリアン・スコット、ジョン・パクストンとエドワード・ドミトリクはこの後、『十字砲火(Crossfire, 1947)』を製作、直後にスコットとドミトリクはHUACの公聴会に召喚され、証言拒否から投獄(ハリウッド・テン)、パクストンも非共産党員でありながら、二人と共同したという理由でブラックリスト入りしてしまう。『十字砲火』はアメリカ社会に巣食うユダヤ人差別を告発した作品だったが、その告発をよく思わない者たちがいたのは事実である。だからこそ、この3人が組んだ最初のこの作品で、最初の重要な舞台となるバー「フロリアン」が原作の設定と異なるのは、当時の人種間の埋めがたい溝を強く感じてしまう。ムースは、フロリアンが「変わってしまった」と繰り返し言う。チャンドラーの原作では、「フロリアン」はアフリカン・アメリカン達が集まるバーに変わってしまっている、という設定なのだ。大事なのは、その近辺一帯が、アフリカン・アメリカンが多く居住する地域に変化したという点だ。都市部、特に中心部の変化の重要な側面として、「白人以外」の中心部への流入、拡大と、それに伴う「白人」の郊外への移動がある。それを当時スクリーンでは「描かなかった/描けなかった」ことについては、果てしなく続くパズルのピースとして手元に持っておく必要があるだろう。

1950年代、ウォルト・ディズニーは、『ファンタジア』に使用しなかった材料で作曲家ベートーベンの映画を作るつもりでいた。その脚本に「女性のタッチが必要だ」と主張し、ジョアンヌ・コートという女性脚本家を雇う。彼女が脚本アイディアをディズニーに話している時、ベートーベンが聴覚を失うあたりでふと見上げると、ウォルト・ディズニーが感動のあまり涙を流して泣いている。部屋を見回すと、部屋にいる重役男性全員が「調教されたアザラシか何かみたいに」涙を流して泣いている。ところが、この有望な女性脚本家もディズニーを失望させることになる。ユダヤ人嫌いで有名なディズニーは、職員の人種を必ず確認させていた。ジョアンヌ・コートが「8分の1ユダヤ人よ」と答えると、調べに来た重役はがっかりしたという。このジョアンヌ・コートが結婚前の姓を使っていたことはスタジオの誰も知らなかった。彼女はジョアンヌ・スコット、当時ブラックリストに入れられていたエイドリアン・スコットの妻である。

 

 

Links

TCMのサイトでは、『ブロンドの殺人者/さらば、愛しき女よ』のスピンオフ(ラジオ番組、テレビ版)について紹介している。

Film Noir of the Week では、「素晴らしくシニカルなロサンジェルスの様相」をとらえた作品だと評価している。

Script-o-rama のサイトでは、『ブロンドの殺人者』の脚本を読むことができる。原作との比較にとても参考になると思う。

 

 

Data

RKO・ピクチャーズ配給 1944/12/8 公開
B&W 1.37:1
95分

製作エイドリアン・スコット
Adrian Scott
出演ディック・パウエル
Dick Powell
監督エドワード・ドミトリク
Edward Dmytryk
クレア・トレヴァー
Claire Trevor
原作レイモンド・チャンドラー
Raymond Chandler
アン・シャーリー
Anne Shirley
脚本ジョン・パクストン
John Paxton
オットー・クルーガー
Otto Kruger
撮影ハリー・J・ワイルド
Harry J. Wild
マイク・マズルキ
Mike Mazurki
音楽ロイ・ウェブ
Roy Webb
マイルス・マンダー
Miles Mander

 

 

References

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