FILM

Crossfire (1947)

十字砲火
Crossfire

 RKOピクチャーズ
1947

『十字砲火』を製作するときに最も重要だったファクターは、スピードと興奮だったね
ジョン・パクストン

Synopsis

戦場から引き上げてきた兵士たちが、除隊を待つワシントンD.C.。夜のアパートの一室で二人の男が一人の男を殴打して殺してしまう。事件の担当となったフィンレー刑事(ロバート・ヤング)は、第一発見者の女性から、殺されたジョセフ・サミュエルズ(サム・レヴィーン)が、その夜、三人の兵士と一緒にいたことを知る。その殺人現場に現れたのは、その兵士の一人、モントゴメリー軍曹(ロバート・ライアン)だった。モントゴメリーは、フロイドとミッチの三人でサミュエルズの部屋に来たのだが、ミッチが突然いなくなったので探しているという。フィンレーは、友人のキーリー軍曹(ロバート・ミッチャム)を呼び出し、ミッチの居所を探し始める。

Quote

Montgomery: Oh, you know, guys that played it safe during the war. Scrounged around keeping themselves in civvies. Got swell apartments. Swell dames. You know the kind.
Finlay: I’m not sure that I do.
Montgomery: Some of ’em are named Samuels, some of ’em have funnier names.

モントゴメリー:分かるだろ、戦争中は危ない目に会わないようにしてた連中さ。私服を着てあちこちまとわりついていた奴らだよ。いいアパートに住んでさ。美人の女をはべらせてさ。知ってるだろ、そういう連中。
フィンレー:分からないな。
モントゴメリー:サミュエルズとか、そういう名前の連中だよ。もっとヘンな名前の連中もいる。

Production

リチャード・ブルックスの小説「煉瓦の壕(The Brick Foxhole)」は、第二次世界大戦の終結と時を同じくして出版されたが、アメリカ軍内部での差別問題を容赦なく取り上げた痛烈な内容で、たちまち注目を集めた。特に軍内部にはびこるホモフォビアを、ホモセクシャルの男性の殺害事件を通して描いて告発していた。

ハンフリー・ボガートはこの作品を読んで非常に感銘を受け、ただちにプロデューサーのマーク・ヘリンジャーに勧めている。グループ・シアターのクリフォード・オデッツは、舞台化を考え、エリア・カザンに演出を要請していた。これらの計画はいずれも頓挫したが、それでもハリウッドでは映画化の噂が流れていた。

RKOのプロデューサー、エイドリアン・スコットは、『ブロンドの殺人者(Murder, My Sweet, 1944)』や『影を追う男(Cornered, 1945)』で監督のエドワード・ドミトリク、脚本家のジョン・パクストンと組んで、タフな主人公が登場するサスペンス映画の新しいスタイルを築き始めていた。だが、スコット自身は「もっと大人のテーマ」の作品を手がけたいと考えていた。すなわち、より「大人の」観客をターゲットとして、社会や政治のトピックを盛り込んだ映画を世に送り出したいと考えていた。特にスコットが強く関心を持っていたのは、「アメリカ国内に存在するファシズム」というテーマであった。1945年になって、ナチス・ドイツの崩壊、敗北とは裏腹に、アメリカ国内での人種差別が際立ってきていた。ユダヤ人を公然と侮辱するジョン・ランキン議員が立役者となって非米活動委員会(HUAC)が継続的に設置され、「アメリカ・ファースト党」のジェラルド・L・K・スミスがカリフォルニアでも活動を始めていた。こういった状況を目の当たりしていた、当時のハリウッドの左翼、あるいは共産党員、共産党シンパ達がカウンターの運動を展開するようになっていた。そのなかの一人である、エイドリアン・スコットは、国外のファシストを打ち破ったアメリカが、その国内でファシストを育てていることに強い危機感を抱いていたのだ。特に「反ユダヤ主義(Antisemitism)」をその象徴的な現象ととらえ、そのテーマでの映画製作を模索していた。ブルックスの「煉瓦の壕」は、格好の出発材料であった。

原作の「煉瓦の壕」はホモフォビアを取り上げているにも関わらず、『十字砲火』という作品においてはユダヤ人差別に変更されているのは、当時のプロダクション・コードが同性愛の表現を認めていなかったからだ、というのが通説になっている。しかし、『十字砲火』の製作の経緯とその後の受容について、膨大な資料と調査をもとに「Caught in the Crossfire」を著したジェニファー・E・ラングトンによれば、必ずしもそうではないという。当時のスコットのメモや手紙などから、もともとスコットにはユダヤ人差別をテーマとして取り上げたいという意志があり、「煉瓦の壕」の「個人の心に棲むファシズム」というテーマに共感して、これをベースに映画化することを考案したというのが経緯らしい。

しかし、一方で映画化に実際に踏み切るには幾つもの障害を乗り越えなければならなかった。まず、RKOは映画化の権利を購入する前にプロダクション・コードを運用するPCA(ブリーン・オフィス)にお伺いをたてなければならない。1945年の7月には既にRKOのウィリアム・ゴードンがPCAに「煉瓦の壕」を送付して意見を求めている。予想されたことだが、ジョセフ・ブリーンの回答は「全く不可」であった。

小説「煉瓦の壕」を読了しましたが、よくお分かりのように、このストーリーは、非常にたくさんの点において、全く、完全に、受け入れることができません。言うまでもないことですが、この小説のプロットにそった映画は、それがたとえちょっと似ているだけでも、認めるわけにはいきません。PCAの「煉瓦の壕」に対する回答

スコットは、このブリーンの「死刑宣告」から一年後に、再度RKOの重役、チャールズ・コーナーとウィリアム・ドジアの説得にかかる。この際にスコットは「25万ドル以下の製作費」「ドミトリク/パクストン/スコットは年二本の契約だが、これは一本オマケする」「撮影日数は20日」と、重役たちの顔が自然にほころんでしまう惹句を並べ立てた。もちろん、それで原作の問題が消えてしまうわけではない。RKOの重役たちは、「煉瓦の壕」の映画化権を購入はせずに、九ヶ月のオプション契約で押さえ、慎重にことを進めている。

問題は次から次へとのしかかってきた。当初は自信満々だったスコット、ドミトリク、パクストンだったが、いざ脚本化の段階になると完全に行き詰まってしまう。人種差別のような社会問題を、娯楽映画としてどのように取り込むか、まったく見当もつかなかったのだ。もちろん、それまでにも『激怒(Fury, 1936)』『黒の秘密(Black Legion, 1936)』のような作品はあったものの、必ずしもメッセージが伝わったとは言いにくい。結局、小説の前半部分をすっかり削ぎ落とし、後半の殺人事件を中心としたミステリとして仕立て直すことになった。

クリシェのフォーマットに落とし込めると分かったら、後は早かったね。五週間で書き上げた。今までで一番早く書き上げたんじゃないかな。ジョン・パクストン

1947年、ドア・シャーリーがRKOの製作を統率するようになって、製作は一気に加速した。予算は当初の二倍の589,000ドルに引き上げられ、当初予定されていたディック・パウエルの代わりにコロンビアからロバート・ヤングが主演として呼ばれた。ロバート・ミッチャム、ロバート・ライアンという、RKOの主演級男優も呼び込まれた。しかし、それでも当時の標準からすれば、低予算作品であり、セットは使い回し、撮影日数も20日のままだった。(ただし、エドワード・ドミトリクは、インタビューで「ドア・シャーリーはこの映画を作りたがらなかった」と言っている。)

ロバート・ライアンは、レイシストのモンゴメリの役を演じることができると聞いて、非常に興奮したという。

あのユダヤ嫌いの役を演じるのを邪魔されようものなら、ロバート・ライアンはそいつを殺していたかもしれない。エイドリアン・スコット

この作品では、さらにカギになるキャラクターとして、娼婦のギニーと謎の「男」が現れる。ギニーの役には「外側の硬い鎧の下に若々しさと弱さを兼ね備えている」女優が求められ、当初ジェーン・グリアが候補だった。しかし、グロリア・グレアムのスクリーン・テストを見たスコットとドミトリクが彼女しかいないと決めた。謎の「男」役はポール・ケリー。この難しい役どころを見事に演じている。

撮影監督のJ・ロイ・ハントは、無声映画時代からハリウッドの第一線で仕事をしてきたカメラマンである。ジョン・クロムウェル、エドワード・ドミトリクらが口をそろえて「機械や電気に強い発明家で、何よりも優秀なカメラマン」と賞賛した。「RKOは当時最も優れた撮影技術を持っていたが、その半分はロイ・ハントの発明した技術」とドミトリクは言う。

『十字砲火』は、そのユダヤ人差別の映像化について、公開前から白熱した議論を呼んだ。米国ユダヤ人協会(AJC)と名誉毀損防止同盟(ADL)のあいだで、作品が公衆に及ぼす影響について意見が衝突したのである。AJCは、もともと「ユダヤ人差別についておおやけに議論することは逆効果になりかねない」と考えており、この作品のように「ユダヤ人だから殺す」という事態があり得るということを大衆に見せるのは「社会心理学的にも」好ましくないと考えていた。AJCのリチャード・ロスチャイルドはこういった懸念をRKOに伝え、RKOの配給部門が映画公開のダメージを懸念し始めてしまったのである。これがシャーリーを激怒させてしまった。シャーリーはAJCと意見を違えることが多いADLのメンバーを呼んで1947年4月11日に第一回目の試写を行う。ADLのメンバーの反応は非常に良く、シャーリーはこれに気を良くして二回目の試写にはAJCのメンバーも呼んだ。AJCのメンバーは、それでもいくつかのシーンについては修正が必要だと考えて助言をしている。これを参考に、ギニーが本名を明かすシーン(ユダヤ系を思わせる姓だった)やラストシーンに変更が加えられた。

Reception

公開当時の業界紙では作品自体の評価は非常に高いのだが、一方でこの作品が興行的に成功するかどうかという点に関しては予測できないとしている。

『十字砲火』は非常に重要な映画だが、その未来は全く予測できない。Motion Picture Daily

Variety紙は、この映画が示している方向に強い共感を示している。

もし、『十字砲火』が興行的に成功しなかったなら、アメリカ国民にとって大きなデメリットになるだろう。 Variety

普段は低予算のミステリ作品には辛口のNew York Timesもほぼ絶賛に近い。

この辛辣な物語を語る際に、監督のエドワード・ドミトリクは、ゆっくりとした、重々しいテンポと強い陰影の映像スタイルを用いている。 New York Times

興行成績は250万ドル。大ヒットと言えよう。

また、国際的にも高い評価を受けた。カンヌ映画祭では「最優秀社会派映画(Prix du meilleur film social)」を受賞、エドガー・アラン・ポー賞と米国映画批評会議賞も受賞した。

こういった公開当初の好評は、しかし、長続きはしなかった。エイドリアン・スコットとエドワード・ドミトリクのブラックリスト入り、さらにいわゆる「ハリウッド・テン」として投獄されたときから、この作品に対する評価がモラトリアム状態に入ってしまった。すなわち、高く評価するのは「共産党シンパ」とみなされるかもしれないし、こき下ろせば人種差別主義者のレッテルを貼られかねない。誰も敢えて評価しないようになってきたのである。決してフィルモグラフィから抹殺されたわけではないが、少なくとも米国内では敬遠され続けた。

しかし、米国国外では、社会問題に向き合った稀有な作品として評価され続けていた。イギリスのドキュメンタリー映画監督で映画評論家のポール・ロサは「現在までの映画(Film Till Now: A Survey of World Cinema, 1960)」のなかで、『十字砲火』を、戦争直後に「正気と理性を呼び戻」し、「真の問題について」考えた極めて重要な作品として位置づけている。レイモンド・ボード/エティエンヌ・ショーモンは、人種差別のテーマよりも、戦争から帰還した兵士たちの不安を見事に表した作品として評価している。そして、その表現力は何よりもノワール・スタイルによるものだと述べている。

1970~80年代のフィルム・ノワールの再評価とともに、『十字砲火』は代表的作品として見直されるようになった。マイケル・ウォーカーは、フィルム・ノワールの特徴的なビジュアルの代表例として『十字砲火』をつぶさに分析している。

Analysis

嘘のフラッシュバックと歪んだフラッシュバック

フラッシュバックはフィルム・ノワールの文法では非常に重要な道具のひとつであるが、この作品では特に効果的に使用されている。一つめのフラッシュバックではモントゴメリーが事実とは異なる偽の回想を「証言」する。もう一つのフラッシュバックは、ミッチによって語られるが、このフラッシュバックはひどく歪んでいる。酩酊状態での出来事を思い出そうとしても難しく、途中で時間が飛んでしまっている箇所もある。だが、モントゴメリーと違い、ミッチ自身は正確に思い出そうとしている。

嘘のフラッシュバック、すなわち「フラッシュバックで映る出来事が実際には起きていない、語り手による作り話」であるフラッシュバックで有名なのは、アルフレッド・ヒッチコック監督の『舞台恐怖症(Stage Flight, 1950)』だろう。これについてヒッチコックはフランソワ・トリュフォーとの対談で、嘘のフラッシュバックを挿入したのは間違いだった、と述べている。一方で、「人物が嘘をつくのはかまわないのに、なぜ嘘のフラッシュバックはダメなんだろう?」と疑問を投げかけてもいる。これに対し、トリュフォーは、『舞台恐怖症』のプロットと嘘のフラッシュバックの関係に問題があるとして、決して嘘のフラッシュバックそのものを否定はしていなかった。

『十字砲火』のモントゴメリーのフラッシュバックは、プロットの構成と演出に精緻に嵌合して、その信憑性がはじめから疑われるように組み上げられている。オープニングの殺人のシーンでは、壁に映る影と闇の中のシルエットだけが事件の発生と被害者と犯人を映し出している。シルエットだけでは誰が犯人かを特定することは不可能だが、その長身と服装はあまりに特徴的だ。だから、モントゴメリーが登場したときには多くの観客が、彼のことを怪しむはずである。モントゴメリーが証言し終わった後にも、彼の本性を現す瞬間がある。彼のユダヤ人差別は捻じ曲がった遠回しな表現となり、それをまともに取り合わないフィンレー刑事との対比がそれをより強調している。この時点で、彼のフラッシュバックは手を加えられた嘘に違いないと感じるように作られている。

一方で、ミッチの回想はあやふやで一貫性が失われている。サミュエルズの部屋での回想部分は更に、意識が飛んでいる部分や視界が歪んでいる部分もあり、そこで何が起きていたのかは明確には分からない。このような記憶の歪みや破綻は、二重写しや特殊レンズによるオプティカル処理などによって視覚的に表現されている。それだけではない。使用するレンズを50mmからだんだんと短くしていくことで、モントゴメリーの顔をより歪んだものにしていくという手法をとっている。

最初は50mmのレンズで始めている。前半ではモントゴメリーは全く普通に見えるようにしたかったんだ。それから40mm、35mmとレンズを変えていき、最後の三分の一は25mmのレンズにした。そうすることで、微妙に、潜在意識に訴えるように、彼を歪ませて、違うキャラクターの人物にしたんだ。エドワード・ドミトリク

照明も、モントゴメリー自身のフラッシュバックでは、ハリウッド標準の三点照明で隙なく照らされているが、ミッチのフラッシュバック以降はコントラストの強いローキー照明が主体となっていく。ロバート・ライアンの演技も少しずつ常軌を逸した表情が現れるようになり、声も荒々しく、刺々しいものに変貌していく。プロット、セリフ、演技、映像と照明、それら全てが見事にかみ合わさって、モントゴメリーの異常性を観客の前に暴いていく。

このプロセスは、私たちが普段の日常生活で人種差別を行う人物を知る過程と似ている。最初は随分と図々しい話し方をする人間だな、と思っていたのが、言葉の端々に引っかかる言い回しを聞くようになり、ふと「今のは聞き違いだったのか」と思うような差別発言を耳にする。そして、気がつくとその人物が、どこかに憎悪を宿した言葉を口にするのを見るたびに、その歪んだ口許に目が行くようになる。視界の中でその人物の輪郭はゆがみ、いつも表情が醜く見えるようになる。

モントゴメリー自身のフラッシュバックが「普通」に見えていること、それは非常に重要な点である。人種差別を行う人物から見れば、世界はノーマルに、歪みなく見えているという、不気味な事態が表現されているのだ。フィルム・ノワールをいかに定義するかは様々な意見があるが、このモントゴメリーの歪んだ思考からでさえ外界はノーマルに見える、という提示は、当時のノワールのコンヴェンションから考えて非常に興味深いものだ。

兵士たちはどこへ戻るのか

この作品には、ユダヤ人差別という軸と密接に関わっているもう一つの軸がある。それは戦争から帰還した兵士たちがいかにして「元の社会」に戻るのか、という軸である。戦時中には、兵士たちはたとえ前線でコンバットに参加していなくても、ミッションがあり、目的があった。憎むべき、殺すべき相手がいた。それこそ、兵士が社会で果たす役割であり、求められていることである。しかし、終戦とともに、その役割は奪われてしまい、家族のところに戻って平和に生活することが要求される。サミュエルズが私服でいながらも、どこか市民生活への躊躇があること、ミッチはその躊躇をどのように処理したらよいか行く先を見失っていること、そういった位相が実に細やかに演出されている。

『十字砲火』が他の帰還兵を題材にした作品に比べて特に際立っているのは、その兵士たちが「帰還する」家庭やコミュニティが、平和で善意に溢れた非暴力的なものでは決してない、ということをあからさまに見せている点だ。もちろん、その最大のファクターとしてモントゴメリーが登場している。ファシストたちと戦ってきたはずなのに、振り向くと、「徴集兵」「南部人」「ユダヤ人」を罵っている男が、帰還しようとしている社会にいるのである。今まで戦力の一翼を成していた人物が、実はファシストやナチスのアメリカ版コピーに過ぎなかったというのは、衝撃的な課題である。だが、それだけではない。戦争によって目的を見失った個人が、容易には生活を立ち直せず、平常心を取り戻せないという事態に対する安易な解決策も提示しない。これは『我らが生涯の最良の年(The Best Years of Our Lives, 1946)』が示す世界観とも大きく異なっているし、目指す方向も違う。エイドリアン・スコットは、戦時中においても米国社会に巣食っていた憎悪や無知を敏感に感じ取っていたが、それがHUAC/赤狩りという現実となって現れるとは思ってもみなかっただろう。そして、それはフィンリー刑事の祖父の事件と重ね書きされることで、戦争の前から社会に巣食っていた憎悪は、戦争によって消えるわけではない、という至極当たり前のことが再確認されるのである。

ユダヤ人排斥のかたち

『十字砲火』と必ず比較される作品として『紳士協定(Gentleman’s Agreement, 1947)』がある。『紳士協定』が問題とするのは「私やあなたのこころに宿る人種差別」である。だが、ホロコーストを目の当たりにした世界では、様々な形の迫害や憎悪が最終的には暴力の形態をとる可能性があるという想像力が必要とされるようになった。その点において『紳士協定』の批判よりも『十字砲火』の糾弾のほうが、今の視点から見てもより強烈な説得力をもつ。

今の時代から考えると、戦勝国であるアメリカで、ホロコーストを目撃した後であるにも関わらず、公然とユダヤ人差別が行われていた、と言うのは理解しにくいかもしれない。ナチスと同じ人種観をもつことを公言すれば、少なくとも公衆からは批判を受けるだろうと思われるかもしれない。だが、偏見はいちど社会に刻み込まれると簡単には消失しないものである。

『十字砲火』が公開されたのちの1951年に、HUACの公聴会でジョン・ランキン議員が、メルヴィン・ダグラス、エドワード・G・ロビンソンらユダヤ系のハリウッド人の本名を読み上げたことがあった。これはまさしくモントゴメリーの「おかしな名前の連中」という発言と全く同じ意図をもってされた発言である。何が面白いのかさっぱり分からないが、「おかしな名前の連中」であることを指摘することが何か政治的なジェスチャーであると多くの人が考えていたこと(当時のアメリカ人の一部には「ユダヤ人は金の亡者である」と「ユダヤ人は共産党員である」という偏見を同時にもつことができる人達がいた)、そしてそんなことをする人物が議員として選出される、そういった時代であったことが分かる良い例だろう。

公民権運動、冷戦の終焉を経ても偏見は根強く残っていた。「ユダヤ人が住むと周囲の不動産価格が下がる」といった発言を、1980年代になっても大して問題と思わない人物は意外と多かった。

一方で、『十字砲火』では、社会に巣食う他の偏見については、外科的に見事にきれいに取り除いている。フィンレー刑事の祖父が「アイルランド系カトリック」でリンチされたことに言及されるが、そこで終わってしまう。他の有色人種、アジア系、ヒスパニック系、アフリカ系についてはまるで存在しないかのような扱いだ。そして、原作の「煉瓦の壕」が扱った同性愛者に対する偏見についても、すっかり漂白されている。原作がもつ「ホモエロティックな側面」が『十字砲火』にも現れていると指摘する批評もあるが、それは原作との関係を知っているからこそ「読み込める」文脈ではないだろうか。プロダクション・コードによるタブー視が最大の原因とは言え、同性愛者に対する偏見を取り上げなかったのは、当時の社会的受容が大きく関係している。エイドリアン・スコット自身も、「同性愛者であること」は個人の問題であって、社会問題という理解をしていなかったようだ。ファシズムと偏見との相互作用がまだ完全に消化しきれていない戦後直後の、それでも挑戦的なメッセージが、この作品の普遍性でもあり、限界でもある。

Links

この作品を詳細に調査、分析したジェニファー・E・ラングトンの「Caught in the Crossfire: Adrian Scott and the Politics of Americanism in 1940s Hollywood」はその全編、および付録資料をオンライン(gutenberg-e.org)で読むことができる

Data

RKOピクチャーズ配給 7/22/1947 公開
B&W 1.37:1
86分

製作エイドリアン・スコット
Adrien Scott
出演ロバート・ヤング
Robert Young
監督エドワード・ドミトリク
Edward Dmytryk
ロバート・ミッチャム
Robert Mitchum
原作リチャード・ブルックス
Richard Brooks
ロバート・ライアン
Robert Ryan
脚本ジョン・パクストン
John Paxton
グロリア・グラハム
Gloria Grahame
撮影J・ロイ・ハント
J. Roy Hunt
ポール・ケリー
Paul Kelly
音楽ロイ・ウェッブ
Roy Webb
サム・レヴィーン
Sam Levene
編集ハリー・ガースタッド
Harry Gerstad
ジョージ・クーパー
George Cooper

References

[1] R. Borde and E. Chaumeton, A Panorama of American Film Noir (1941-1953). City Lights Books, 2002.
[2] J. Langdon, Caught in the Crossfire: Adrian Scott and the Politics of Americanism in 1940s Hollywood. Columbia University Press, 2009.
[3] F. Truffaut and H. G. Scott, Hitchcock, Revised edition. New York: Simon & Schuster, 1985.
[4] J. J. Bukowczyk, Immigrant Identity and the Politics of Citizenship: A Collection of Articles from the Journal of American Ethnic History. University of Illinois Press, 2016.
[5] J. Penner, Pinks, Pansies, and Punks: The Rhetoric of Masculinity in American Literary Culture. Indiana University Press, 2011.
[6] P. Rotha, The film till now : a survey of world cinema. Twayne Publishers, Inc., 1960.
[7] J. R. Jones, The Lives of Robert Ryan. Wesleyan University Press, 2015.