FILM

The Spiral Staircase (1946)

らせん階段

The Spiral Staircase

RKO
1945

小規模の低予算の映画だからといってダメな映画だと考えるのは間違いだと思う
ドア・シャリー

20世紀初頭のニュー・イングランド。ウォーレン夫人の館の女中ヘレンは、幼いころのショッキングな事件以来、声を出すことができない。この小さな町で、障害をもった女性ばかりを襲った連続殺人事件が起きていた。ヘレンの身を案じたウォーレン夫人、そして若い医師パリーは、ヘレンに町を離れるように説得する。ウォーレン夫人の2人の息子、アルバートとスティーブは、助手のブランチをめぐって険悪になる。そんななか、連続殺人犯は一歩一歩、ヘレンに近づいている・・・。

Murderer, you killed them. You killed them all.
人殺し、お前が殺したんだね。お前がみんな殺したんだね。
ウォーレン夫人(エセル・バリモア)

原作は、エセル・リナ・ホワイト(1876-1944)の “Some Must Watch”で、RKOの脚本部がこの長編小説を「ヒッチコックに最適」と推薦していた。1945年に、デヴィッド・O・セルズニックの製作会社ヴァンガード・フィルムズが映画化権を購入、セルズニックはイングリッド・バーグマン主演で映画化を考えていた。原作では、主人公のヘレンは足が悪いのだが、バーグマンがそのような役どころを嫌ったため、ドロシー・マクガイアが主役に抜擢された。

セルズニックは、製作担当にドア・シャリーをあて、監督はロバート・シオドマク、ウォーレン夫人にエセル・バリモア(1879-1959)を起用して、RKOとの共同製作プロジェクトにした。セルズニックにとって、その年の大作は『白い恐怖(Spellbound, 1945)』であり、『らせん階段』は低予算作品だったが、それでもドア・シャリーは堅実なキャストとスタッフでかため、RKOの高い製作能力を全面的に取り入れながら、上質のサスペンス映画に仕立て上げた。脚色はメル・ディネリ(1912-1991)、製作中のタイトルは原作と同じ『Some Must Watch』だったが、オープニングのらせん階段のショットをみて、ディネリが『The Spiral Staircase』と改題した。ドア・シャリーはフリッツ・ラングに監督を依頼したが断られている。

『燃える秘密』
Brennendes Geheimnis (1933)
ロバート・シオドマク監督

監督のロバート・シオドマク(1900-1973)は、ドイツのドレスデン生まれの映画監督。『日曜日の人々(Menschen am Sonntag, 1930)』を皮切りにドイツで映画監督を始めたが、ナチスの政権掌握後、『燃える秘密(Brennendes Geheimnis, 1933)』がジョセフ・ゲッベルスによって上映禁止となった。シオドマク、原作のステファン・ツヴァイクがユダヤ人だったこと、タイトルが国家議事堂放火事件を想起させる、不倫をテーマとして扱っている、といったことが主な理由のようだ。これを機に、シオドマクはドイツを離れ、パリからハリウッドへ活動の場を移す。ハリウッドでは、主に低予算のプログラム・ピクチャーの監督を務めていたが、『殺人者(The Killers, 1946)』『裏切りの街角(Criss Cross, 1949)』などのフィルム・ノワール作品を残した。『らせん階段』はシオドマクのそのノワール・サイクルの時期に監督されたものである。

ドロシー・マクガイア(1916-2001)は、ブロードウェイの舞台『わが町(Our Town)』『クラウディア(Claudia)』で注目を浴び、セルズニックがハリウッドに呼んだ。非常に演技の幅の広い女優で、コメディからミステリまでこなした。彼女によれば、『らせん階段』で登場する連続殺人犯の眼のクロースアップは、殺人犯役の俳優のものではなく、ロバート・シオドマク自身のものだそうである。「彼は、そんな自惚れ屋だったのよ。」

エセル・バリモア(1879-1959)は、もちろんバリモア一族の一員、ライオネルの妹、ジョンの姉である。積極的にラジオなどにも出演、映画には1914年のサイレント期から出演している。この作品の前年に『孤独な心(None But the Lonely Heart, 1944)』でアカデミー助演女優賞を受賞している。

アルバート・ウォーレン教授役のジョージ・ブレント(1904-1979)はアイルランド生まれの俳優で、多くの映画でベティ・デイヴィスの相手をつとめた。スティーブ・ウォーレン役のゴードン・オリバー(1910-1995)は、ワーナーやRKOで映画出演したのち、50年代からはTV番組のプロデューサーとなり、『ピーター・ガン』などのヒット作をうみだした。

撮影監督は、ニコラス・ムスラカ(1892-1975)。1940年代のロー・キー撮影を代表するカメラマンで、『3階の他人(A Stranger on the Third Floor, 1940)』『過去から逃れて(Out of the Past, 1947)』など、フィルム・ノワールを代表する作品を担当している。セルズニックが、この作品をRKOと共同製作したことで、ロバート・シオドマクとニコラス・ムスラカが組むことになり、作品のヴィジュアルの方向性を決定づけたといえよう。

ロイ・ウェブ(1888-1982)は、200本以上のRKO作品の音楽を手掛けた。この作品では、まだ当時アメリカでは珍しかった電子楽器テルミンを使用している。

この作品の冒頭、ヘレンが観客に混じって釘付けになって見ているサイレント映画は、D・W・グリフィス監督の『The Sands of Dee (1912)』である。

『らせん階段』の公開後、当時のユナイテッド・アーティスツ(UA)の重役、チャールズ・チャップリンとメアリー・ピックフォードが、契約不履行でセルズニックを訴えた。UAとの契約があるにも関わらず、勝手に『らせん階段』『時の終わりまで(Till the End of Time, 1946)』をRKOに売ったという理由である。セルズニックは、自分が『君去りし後(Since You Went Away, 1944)』『戀の十日間(I’ll Be Seeing You, 1944)』『白い恐怖(Spellbound, 1945)』で多大の利益をUAにもたらしたのだから(その間、チャップリンもピックフォードも何もしていないではないか)何をしようと勝手だろう、と反撃した。結局、UAと袂を分かち『白昼の決闘(Duel in the Sun, 1946)』以降は、セルズニック・リリーシング・コーポレーションから配給した。これは、1940年代から顕著になった従来の配給システムへの独立プロデューサー達の挑戦の一環ともいえる。

エリザ・ランチェスター、ジョージ・ブレント

『らせん階段』に対する当時の評は概して好意的である。

ドロシー・マクガイアの演技は驚くべき出色の出来である。
Motion Picture Daily

サスペンス満載の殺人スリラー、すぐれた演技と演出だが、よくある話をそつなくまとめた作品といえよう。Variety

監督のロバート・シオドマクがサスペンスを展開し維持するために使ったテクニック(思い詰めたようなカメラワークと不吉な感じのするセッティング)を見れば、物語の繊細さなど気にもしていないのが明らかだ。New York Times

製作費$750,000に対して$2,750,000の興行収入と、堅実な利益を確保できた。

この作品でエセル・バリモアはアカデミー助演女優賞にノミネートされた。

ポーリーン・ケールは「登場するサイコパス達はみんな品の良い人間で、技の冴えた、小気味良い演出も手伝って、恐怖がより信憑性のあるものになっている」と評価している。

1980年代以降、ハリウッド時代のロバート・シオドマクが、フィルム・ノワールの展開において鍵をにぎる人物として再評価されるなか、この作品は『幻の女(Phantom Lady, 1944)』『殺人者』の間で、ゴシック・スリラーとフィルム・ノワールのハイブリッドとして位置づけられてきた。「非常に印象的な作品ではあるが、通常の意味でのフィルム・ノワールではない(マイケル・ウォーカー)」から「(ノワールとして)分類するかどうか最も困難なのが『らせん階段』である(アラン・シルバー)」まで、どちらかというとノワール要素がみられない作品としてとらえられてきた。

『らせん階段』は1975年にイギリスでジャクリーン・ビセット主演でリメイクされた。TV向けには1961年にエリザベス・モントゴメリー主演で、2000年にニコレット・シェリダン主演で製作されている。

 

ノワールか否か

フィルム・ノワールの議論で必ず立ち現れるのが、「フィルム・ノワールはジャンルか」あるいは「どんなフィルムをフィルム・ノワールと呼ぶのか」という問題である。フィルム・ノワール批評における極めて重要な論考、マイケル・ウォーカーの「フィルム・ノワール」では、その冒頭でフィルム・ノワールが非常に多くの切り口から分析されうる対象であることを明確に宣言している。

多くの批評家が様々な「共通の特徴」について探求している:モチーフとトーン(ダーグナット)、社会的背景及び芸術的/文化的影響(シュレーダー)、イコノグラフィー/ムード/性格描写(マッカ―サー)、視覚スタイル(プレイス&ピーターソン)、「ハードボイルド」の継承(グレゴリー)、ナラティブとイコノグラフィー(ダイヤー)、表象とイデオロギー(カプラン)、主プロットのパラダイム(ダミコ)、製作状況(カー)、パラノイア(ブックスバウム)、及び語りのパターン(テロット)といった具合である。

『らせん階段』のようにマージナルな位置にある作品については異論も多いだろう。しかし、監督のロバート・シオドマクが『幻の女』『殺人者』『裏切りの街角』といった、その後のフィルム・ノワール批評の基軸となった作品を手がけていることを考えたとき、それらの作品と『らせん階段』の近似性と差異を議論することは意義のあることではないだろうか。

メロドラマの変容

『情熱の航路』
Now, Voyager (1941)
アーヴィング・ラッパー監督

大恐慌の30年代から第二次世界大戦を通過するなか、ハリウッド映画に見られた明らかな変容のひとつとして、メロドラマの形、特にメロドラマにおける「性」の役割の転回が挙げられる。30年代の多くのメロドラマでは、女性はいかに強く、独立した性格の持ち主であっても、「結婚によって人生がより豊かになっていく」という枠をはめられたままであった。女性の不幸の大半は、結婚をしていないこと、あるいは間違った相手と結婚していることが原因であるという規範をナラティブの中に組み込んでいたのである。しかし、1940年代に入って、それが大きく変わり始めた。最もそれが顕わになっている例として、『情熱の航路(Now, Voyager, 1941)』が挙げられる。主人公のシャーロット(ベティ・デイビス)は、厳格な母の下でも、積極的に性の冒険を探そうとしていたのだが、母の影響力から解放されると、妻子ある男性との交際を躊躇しない。いや、当初は躊躇するのだが、そのうち大胆になっていき、最後には彼の娘と3人で擬似的な家庭を作り出しはじめる。女性は結婚して幸せになるのではなく、自らを性的にも精神的にも解放して幸福になるのである。

そのような女性像とファム・ファタールは表裏一体なのだろうか。

よく見られる考察として、フィルム・ノワールに見られる、女性のセクシャリティに対する否定的な見方と、戦時中に女性が獲得した自立(特に高給の男性の仕事につくことで得られた経済的自立)に対して男性が抱く怖れのあいだに、つながりがあるとするものがある。これらの考察は一見説得力があるが、ファム・ファタールは30年代のハードボイルド小説、そしてその伝統に起源がある。マイケル・ウォーカー

ウォーカーは、その例として、ダシール・ハメット、レイモンド・チャンドラー、そしてジェームズ・M・ケインを挙げているが、これらの著名なハードボイルド作家だけでなく、「ブラック・マスク」に掲載されていたような、男性向けパルプ小説に頻繁に登場する「信用できない女性」のイメージが第二次大戦後の疲弊と不安の時代に平行移動してファム・ファタールを産みだした、と考えるのが妥当であろう。

一方で40年代の、女性を主人公としたメロドラマでは、幸福のかたちが変容するとともに、描かれる怖れも変容を遂げる。アンドレア・ウォルシュは「女性が主人公のフィルム・ノワールでは、脅威は家庭のそばにあり、それは多くの場合、男性である」と論じている。

苦しめられていたり、心を病んでいたり、あるいは恐怖におそれおののいていたりする女性を、豪奢で閉鎖的な空間に閉じ込めることで、これらの作品は、愛情や家族関係へのパラノイアや不信を表現している。アンドレア・ウォルシュ

そういった作品の例として、ウォルシュは『断崖(Suspicion, 1941)』『ガス燈(Gaslight, 1944)』『失われた心(Possessed, 1947)』『眠りの館(Sleep, My Love, 1948)』などを挙げている。求める幸福のかたちが結婚と家庭には必ずしもないことと、怖れが家庭のなかに存在するかもしれないこと、このパラノイアはこの時代の女性メロドラマを解読する鍵であろう。

このコンテクストで考えたとき、『らせん階段』は「大邸宅のなかにひそむ歪んだ男性の脅威」が「言葉を発することができない、使用人」という弱い立場に襲いかかる恐怖を描いたものであり、女性を主人公としたノワールの流れを組んでいることが明らかだろう。

シオドマクの手

ジョセフ・グレコは、監督ロバート・シオドマクがディネリの脚本から変更した点をつぶさに分析して、シオドマクの特徴を議論している。例えば、アルバートとスティーブの兄弟と、ブランシェ(ロンダ・フレミング)との間との三角関係についての扱いは興味深い。ブリーン・オフィオス(プロダクション・コードを司るオフィス)が、露骨な表現を許可せず、もとの脚本ではこの三角関係は明示されていない。しかし、スティーブがブランシェに向かってピアノを弾いている最中に、アルバートが立ち聞きする様子を、1ショットだけ挿入することのみで、シオドマクは三角関係を示唆している。

また、ラストシーンも脚本と異なる。脚本では、ラストシーンは朝日を浴びるウォーレン邸の外観ショットなのだが、シオドマクはそれを採用しなかった。代わりに、閉鎖的な邸内の、電話ブースにいるヘレンをとらえたままエンド・マークが現れる。伏線の大部分は回収せず、あくまでヘレンの変貌に焦点をあてていることで、より異質な女性メロドラマとして機能していることが明らかだ。

このヘレンの心的変遷をより効果的にストーリーテリングのなかに組み込んでいるのが、ドロシー・マクガイアの演技とそれをとらえるニコラス・ムスラカのカメラである。ありがちな「恐怖のどん底の美女」演技に滑り落ちることなく、マクガイアは眼と手で恐怖、怒り、不信、決心といったヘレンの体験する心の揺動を表現することに成功している。そして、その彼女の表情を、豊かな影で覆い、淡い悪意に満ちた光で照らし出すのが、ムスラカである。ムスラカはノワールの代表作、『3階の他人』や『過去を逃れて』に見られるように、極端にコントラストが強い幾何学的な陰影を用いるポイントと淡いグラデーションを用いるポイントを見事に組み合わせて演出にこたえることができる、優れたカメラマンだ。『らせん階段』のようなゴシックな設定でも、コントラストに傾きすぎることなく、ウォーレン家の「中流階級」のもつ淡い色彩を余すところなく表現している。

 

TCMのサイトのなかでも、articlesのページは、この作品に関する情報、批評が網羅されている。

ジョン・グレコのTwenty-Four Framesでは、この作品が後の「障害を持ったヒロイン・スリラー」の雛形になったことを指摘していて興味深い。

 グレゴリー・オリペックはこの作品の音楽担当ロイ・ウェブは、他のマイナーな映画音楽担当とは異なって、明確なスタイルを持っていることを指摘している。

Filmstruckのサイトの記事では、エセル・バリモアにスポットライトをあててこの作品を紹介している。

 

RKO配給 1946/2/7公開

B&W 1.37:1
83分

製作ドア・シャリー
Dore Schary
出演ドロシー・マクガイア
Dorothy McGuire
監督ロバート・シオドマク
Robert Siodmak
ジョージ・ブレント
George Brent
脚本メル・ディネリ
Mel Dinelli
エセル・バリモア
Ethel Barrymore
原作エセル・リナ・ホワイト
Ethel Lina White
ケント・スミス
Kent Smith
撮影ニコラス・ムスラカ
Nicholus Musuraca
ロンダ・フレミング
Rhonda Fleming
編集ハリー・M・ガースタード
Harry M. Gerstad
ゴードン・オリバー
Gordon Oliver
編集ハリー・マーカー
Harry Marker
エルサ・ランチェスター
Elsa Lanchester
音楽ロイ・ウェブ
Roy Webb
サラ・オールグッド
Sara Allgood
美術アルバート・S・ダゴスティーノ
Albert S. D'Agostino
リス・ウィリアムス
Rhys Williams
美術ジャック・オケイ
Jack Okey
ジェームズ・ベル
James Bell

 

1. Bawden J, Miller R. Conversations with Classic Film Stars: Interviews from Hollywood’s Golden Era. University Press of Kentucky; 2016.
2. Silver A, Ward E, Ursini J. Film noir: an encyclopedic reference to the American style. Overlook Press; 1992.
3. Cameron I, editor. The Book of Film Noir. 1st edition. New York: Continuum Intl Pub Group; 1994.
4. Greco J. The File on Robert Siodmak in Hollywood, 1941-1951. Universal-Publishers; 1999. 228 p.
5. Walsh A. Women’s Film and Female Experience, 1940-1950. ABC-CLIO; 1986.