FILM

The Big Clock (1948)

大時計

The Big Clock

パラマウント・ピクチャーズ
1948年

演出は真の芸術というよりも芸術の組み合わせである。
ジョン・ファロー

巨大な出版社「ジャノス出版」。そこで、警察よりも手際よく犯罪事件の容疑者を追跡し発見することで人気の雑誌「クライムウェイズ」の編集を担当しているジョージ・ストラウドは、窮地に立たされていた。今回「クライムウェイズ」が総力を挙げて、その行方を追っている殺人事件の容疑者は、ほかならないジョージ本人なのだ。そのことを知っているのはジョージ本人しかいないのだが、部下たちが集めてくる証拠や情報、そして目撃者は、少しずつ彼に迫ってくる。濡れ衣を着せられたことに気づいた彼は、そんななか真犯人を探さなければならない。

How’d I get into this rat race, anyway? I’m no criminal. What happened? When did it all start? Just thirty-six hours ago, I was down there, crossing that lobby on my way to work, minding my own business, looking forward to my first vacation in years. Thirty-six hours ago, I was a decent, respectable law-abiding citizen…with a wife and a kid and a big job. Just thirty-six hours ago by the big clock.

どうして俺はこんなイタチごっこに巻き込まれてしまったんだ?俺は犯罪者じゃない。何が起きたんだ?いつこんなことになったんだ?ちょうど36時間前、俺はすぐそこで、ロビーを横切ってオフィスに向かっていたじゃないか。自分のことだけを考えて、何年か振りの休暇を楽しみにしていたんじゃなかったのか。36時間前、俺はまともな、品行方正な、法律を遵守する市民だったじゃないか・・・妻と子供と仕事もあるんだ。36時間前。そう、この大時計で36時間前。ジョージ・ストラウド(レイ・ミランド)

原作はケネス・フェアリングの小説。これは、1940年代に流行した、各章ごとに語り手が変わるスタイルのミステリで、いずれの語り口も決してハードボイルドの語調ではない。脚本は、エンディング以外においては原作にほぼ忠実で、数々のサスペンスの要素も丁寧に引き継いでいる。ただし、エンディングに原作にないドラマチックなカタルシスを配したことで、エンターテイメントとしては非常に引き締まったものになっている。

『最後の地獄船』
Two Years Before the Mast (1946)
ジョン・ファロー監督

ジョン・ファローは、オーストラリア出身の映画監督。本人の言によればハリウッドにたどり着くまでに多くの場所と職を転々としたという。1920年代に南太平洋でロバート・フラハーティの撮影の現場をみたことが映画を目指すきっかけになったと言う。ミステリやアクションに佳作が多いが、『最後の地獄船(Two Years Before the Mast, 1946)』など、自身の船乗りの経験を活かした作品も残している。モーリン・オサリヴァンと結婚、当時のハリウッド・セレブリティの代表格であった。女優のミア・ファローはオサリヴァンとの間の娘である。

主演のレイ・ミランドは当時のパラマウントを代表する男優だが、ビリー・ワイルダー監督の『失われた週末(The Lost Weekend, 1945)』の演技でアカデミー賞を獲得したことも手伝い、この時期最も精力的に活躍していた。メディア王アール・ジャノスを演じるのはチャールズ・ロートン。巨大企業の独裁者として、その肥大化して歪んだエゴを、僅かな視線の動きや表情の変化で見事に表現している。ロートンの永年の妻、エリザ・ランチェスターもエキセントリックな画家の役で出演している。

しかし、何と言ってもこの映画の主役は、ジャノス出版の巨大な高層ビルである。この美術を担当したのは、ローランド・アンダーソン、ハンス・ドライアー、アルバート・ノザキである。

ハンス・ドライアーは、1923年から1950年まで、MGMのセドリック・ギボンスと並んでハリウッドの美術監督の雄として、パラマウントの美術部門のトップをつとめていた。ドイツのブレーメンで生まれ、ミュンヘン大学で建築学を学んだドライアーが映画美術の仕事を始めたのは、当時「ドイツ表現主義」で注目を集めていたUFAであった。1920年代にハリウッドに移り、その後30年近くにわたってパラマウント・ピクチャーズの美術を担当、エルンスト・ルビッチ、ジョセフ・フォン・スタンバーグらの作品の視覚的構成に多大な貢献をした。フィルム・ノワールやカラー作品でも常に完成度の高い映像美術を次々と繰り出した。

『クレオパトラ』
Cleopatra (1934)
セシル・B・デミル監督

ローランド・アンダーソンは、ハンス・ドライアーとともにパラマウント・ピクチャーズの美術を数十年にわたって担当した美術監督で、生涯で15回アカデミー賞にノミネートされている(受賞はない)。最初に注目を浴びたのは、『クレオパトラ(Cleopatra, 1934)』等のセシル・B・デミルの作品で、デミルの要求する、奇抜で壮大なセットをデザインした。日本の映画ファンには『ティファニーで朝食を(Breakfast at Tiffany’s, 1961)』の色彩豊かな美術で馴染み深いかもしれない。撮影監督のジョン・F・サイツは、ジャノス・ビルの心臓部の「大時計」の設計をしたのはローランド・アンダーソンだとインタビューで述べている。

アルバート・ノザキは日系アメリカ人の美術監督で、やはりパラマウントで1930年代から活躍している。ノザキは第二次世界大戦中、妻とともにマンザナー強制収容所に収容されていた。『大時計』は彼がハリウッドに戻ってきてから初めてクレジットされた長編映画である。彼が担当したなかでは『宇宙大戦争(The War of the Worlds, 1953)』が最も有名な作品である。

撮影は『深夜の告白(Double Indemnity, 1944)』も担当したジョン・F・サイツ。撮影の様子を報告したフィルム・デイリー誌の記事によれば、監督のファローはこの近代的なオフィスでの撮影に際して、サイツに特に厳しい注文を出したようだ。サイツは屋外の撮影で使用されていたリフレクターを使用して、そのようなモダンな設計のオフィスがもつ照明のスキームや明度を再現したという。

『大時計』は1948年の4月に公開されたが、パラマウントはプレビューでの高評価からヒットを予測して大々的なマーケティング・キャンペーンを繰り広げる。ラジオでの広告スポットを前代未聞の332スポットも押さえて興行の後押しを図った。

当時の業界紙や批評家による評価はおしなべて非常に高い。

この作品が本当に良く出来ているというのは実際に見てみないと信じられないかもしれないが、だが推理ミステリの分野では、まず最高傑作と言って良いだろう。Motion Picture Daily

脚本家のジョナサン・ラティマーと監督のジョン・ファローによるこの映画は、テンポが軽快で、ユーモアに溢れ、雰囲気があり、そして畳み掛けてくるサスペンスが秀逸だ。New York Times

偶然すぎる出来事や無理のある展開についてあれこれ考えている暇もなく、ぐいぐいと引っ張っていくテンポが実に良い。Variety

興行収入は200万ドルで同年の63位の成績だった。

監督のジョン・ファローが、いわゆる作家主義の批評の文脈では殆ど取り上げられることがなかったこと、パラマウントのライブラリがあまり積極的に過去の作品を再リリースしてこなかったことなどが災いして、比較的長い間この作品はミステリ映画、フィルム・ノワールのいずれの観点からもすくい上げられることがなかった。VHSのリリースやレトロスペクティヴで次第に見直されてきた典型的な作品である。

捨てたフィルムの長さはたったの73フィート

『大時計』はジョン・ファローのフィルモグラフィの中でも題材に恵まれた稀な作品である。このサスペンスは、観客の前にすべてを明らかにし、なにひとつ隠し立てしないで、物語を進めていく。すなわち誰が犯人かとか、どのような罠を仕組んであるのかと言った、推理の要素はほとんどない。独裁的なアール・ジャノスが激情に駆られて愛人を殺したこと、ジャノスは別の男を犯人に仕立て上げようとしていること、その別の男が他ならない主人公のジョージ・ストラウドであること、ジャノスも他のスタッフもそのことに気づかずにストラウドの指揮下、別の男を探し出して捕獲しようとしていること、それらの仕組みはすべて観客に隠蔽されることなく示されている。サスペンスはただ一点、「ジョージ・ストラウドは如何にして自分自身の追跡から逃れることが出来るか」にかかっている。一歩間違うと荒唐無稽なものになりかねない設定を、無理なく流れるように描き出すファローの演出は実に巧みだ。

ジョン・ファローはロング・テイク(長回し)をトレードマークとした監督だが、『大時計』ではその手法がサスペンスを維持する要素として極めて強力に機能している。カットバックなどはほとんどなく、1分以上のショットが大部分を占め、3分を超えるショットも少なくない。

モーション・ピクチャー・ヘラルドの記事(1947年12月20日)で、『大時計』の編集担当が編集で切ったのはたったの73フィートだったと伝えている。つまり、編集で捨てた余分なフィルムはたったの49秒分(35mmフィルムで73フィート相当)しかなかったというのである。この記事に映画雑誌用の脚色が多分にあったとしても、ムダが少なかったのは確かであろう。この作品に見られるようにロング・テイクを主体として演出すれば、別のカットや念のためにカバーしたアングルなどは必然的に減ってくる。秒単位でさえムダな時間を嫌うアール・ジャノスの哲学を体現したようなスタイルである。

そんなロング・テイクのなかでも、特に印象深いのはアール・ジャノスがジョージ・ストラウドの『クライムウェイズ』のオフィスに突然現れて、ストラウドに休暇の延期を告げるシーンである。3分半にもわたるロング・テイクであるが、カメラは淀みなく流れていく。このシーンは、まずジャノスがオフィスに登場するところから始まる。

① ジャノスがオフィスに現れ、『クライムウェイズ』の特ダネを賞賛する。
② ストラウドが『クライムウェイズ』の調査方法を、集めた情報を書き出してある黒板の前で説明する。
③ ジャノスはストラウドの説明を聞きながら、ストラウドの個人オフィスに入っていき、ソファに座る。
④ ジャノスはストラウドに特ダネの取材と掲載を最後まで見届けるように指示する。そして、「来月、休暇をあげよう」と告げる。
⑤ ジャノスの真の目的を知ったストラウドは、休暇の延期を拒否。
⑥ ジャノスはストラウドに解雇を言い渡し、業界で二度と働けないようにブラックリストに入れると脅迫。 ストラウドは「結構」と。
⑦ ジャノスはストラウドを残してオフィスを去る。帰りがけにストラウドの女性秘書に「お子さんの調子はいかが」と尋ねる。
⑧ 気を良くして微笑している女性秘書をストラウドが睨みつけて、自分のデスクに戻ると電話が鳴る。

ここでカメラはあくまでストラウドの動きに同期し、決してカメラ単独で浮遊して雄弁に物語ることはしない。切り返しのショットなどで人物のリアクションを切り取ることをしない代わりに、人物を様々な形で配置して、会話の中での表情の変化を撮ってゆく。あるいは逆にカメラに背を向けさせて表情を撮らないことで、感情の変化の存在を示唆する。ストラウドが秘書に見せていたであろう険しい表情を敢えて見せないことで、そして対応する秘書の表情の変化を見せることで、ストラウドがどんな表情をしていたかを観る側に想像させるという、シンプルだが効果的な方法を見事に実践している。ジョン・ファローは特にこの「背中を撮る」「表情を見せない」という方法を、ハリウッドのスターシステムと咬合させることに長けているようだ。

ファローはジョン・ウェイン主演の西部劇『ホンドー(Hondo, 1953)』などでも長回しを好んで使用しているが、それが効果的だったかどうかは意見が別れている。同じくサスペンスで、フィルム・ノワールの佳作として挙げられる『ゼロへの逃避行(Where Danger Lives, 1950)』のクライマックスも見事な長回しだが、彼のこのスタイルは、サスペンスで効果を発揮するのかもしれない。

フェアリングの復讐

原作者のケネス・フェアリングは1930年代後半に、雑誌「タイム」で書評を半年ほど担当していた。そこで、「タイム」「フォーチュン」「ライフ」などを発行するタイム社の創設者、ヘンリー・ルースとその取り巻きとじかに接触することになる。ヘンリー・ルースは、ブリトン・ハッデンと共に1923年に「タイム」誌を創刊し、アメリカの主流ジャーナリズムに極めて重大な変革をもたらした人物である。それまでのジャーナリズムの基本(いつ、どこで、誰によって、何がおきた)から逸脱し、細部にこだわり、人間のストーリーを重視する「読み物としてのジャーナリズム」が「タイム」誌が目指したスタイルであった。読者が興味を持ちそうな出来事を中心にストーリーを展開し、テーマの重大性や問題点を分かりやすく分析する。一方でその視点や解釈は、政治的な思惑や信念に左右されやすくなる。ヘンリー・ルースは共和党支持者であり、当時のルーズベルト大統領のニューディール政策に強行に異議を唱えており、ルースのそう言った政治的な見解がそのまま記事に反映されていた。また、ルースの取り巻きに、当時ソ連のスパイから転向したウィトテイカー・チャンバースがいたことも重要である。(1)

フェアリングは共産党員でこそないものの(FBIに共産党員かと聞かれ、「まだだ」と答えた)、共産主義に共鳴していた人物である。彼は、ルースが自らの政治的な目論見を自分が経営する出版社の週刊誌のなかに組み込んでいくさまを、ジャーナリズムの私物化として問題視していた。高層ビルとハリウッド映画の関係に注目したシュライアーは、フェアリングの原作に見られるヘンリー・ルースに対する嫌悪にも近い批判的な視線が、映画にも顕現していると指摘する。ジョナサン・ラティマーによる脚本だけではない。「ビジネス・エチケットは時間の無駄だ」と豪語するルースの社員に対する無礼で高圧的な態度はタイム出版社内では有名だったが、チャールズ・ロートンはスクリーンでそれを見事に体現している。一方でロートンの風貌は、ウィトテイカー・チャンバースを彷彿とさせる。また、ジャノスビルのロビーのアトラス像を見て、ロックフェラー・センターのアトラス像 (2) を思い浮かべない人はいないだろう。

フェアリングの原作においては、ジャノスがバイセクシャルであることは明らかにされており、彼が愛人を殺害するのも、そのことを非難されたためである。映画では当時のプロダクション・コードの検閲が強く同性愛の描写を忌避していたので、ジャノスの同性愛、特にヘイゲンとウォマックとの関係は示唆されるにすぎない。だが、多くの観客にとってその示唆だけで十分理解できる。当時、同性愛に対するマジョリティの蔑視や差別は極めて広汎に見られ、この原作・作品における同性愛に対する視点は、そのような蔑視を利用している。フェアリングは、彼の批判の対象を性的マイノリティに設定し矮小化しようとしているのだが、そのためには「健全な男性」像が提示されなければならない。ファシズムを経験した後の時代では、実はショービニズムの顕現の仕方が変わり始めていた。

ウルトラモダン:ファシズムの影

『大時計』のタイトルは、ジャノス出版を支配している巨大な時計を指している。この巨大な時計はジャノス・ビルディングのロビーの中心にそびえ立ち、社員の生産活動を制御している。アール・ジャノスは時間という概念に極めて強く執着しており、時間を失うことに恐怖を抱いている。

平均的な人間の寿命は20億8137万6000秒だ。時計のチクタクは人間の鼓動だよ。だが君たちはここに座ってその鼓動を無駄にしている。遅刻する人間がいるせいでね。アール・ジャノス

ここで想起されるのが、時計という機械が現代の生産システムの基礎になっているというカール・マルクスの指摘だ。戦後アメリカの資本主義の特徴として、空間・時間のいずれの次元からも利潤を搾り取ることをシステム化したことが挙げられる。同時に、空間的・時間的浪費は合理的に排除すべきものとして認識されていく。ジャノス出版のビルは近代的なミニマリズムと清潔な明朗性によって、大戦後の大型資本が目指した、理路整然としたムダのない生産システムを象徴しているが、その守護神がこの時計なのである。

『大時計』のオフィス空間を表す形容詞として、ウルトラモダン(ultramodern)という言葉が、当時の記事や批評に頻繁にあらわれる。1940年代のアメリカのオフィス、ホワイトカラーの職場を撮影した実際の写真と較べてみると、このジャノス出版のビルとそのデザインは当時としては極めて先進的であることがわかる。

真の文化は、新鮮な色、洗いたてのリネン、そして清潔な芸術として、その姿を現す。ル・コルビジェ

特に1930年代に開花したモダニズム建築は、その「清潔さ」「統一性」「純粋性」ゆえにアメリカの都市文化、そしてそこに根を下ろす企業文化と共鳴するものがあった。ル・コルビジェはアメリカの「清潔さ」に特に強い印象を受けたようだが、その「清潔さ」の根底には、明朗性による支配、曖昧さの不在があり、権力の集中と異物の排除がある。ジャノスは、電気を消し忘れた社員を特定し解雇するように指示する。マネージャーたちに雑誌の部数拡大の戦略案を1分で説明させるが、凡庸な案は最初から聞く気がない。ウルトラモダンなオフィスは、ジャノスの強権支配の論理の具現化であり、執着の証であり、極度な集権化と強烈な排除の論理の推進力になっている。この姿勢はファシズムのロジックと高い近似性をもっているのは容易に理解できよう。

実は主人公のストラウドも、アメリカ企業文化の明朗性を根底に持っている。ストラウドはジャノスと一見対立しているように見えるが、マネージャー会議での様子を見る限り、彼自身も部下の凡庸な提案には我慢がならず、そういった点においてジャノスと波長が合っている。さらに、容疑者追跡が始まると、ストラウドはわざと適任ではない社員を足取り調査に派遣して、容疑者が自分であると断定されるのを遅らせようとする。これは機能性のメカニズムを熟知しているからこそできる技である。彼はジャノスに新婚旅行の機会を奪われたと主張しているが、仕事を優先してきたのはほかでもない彼自身であり、雑誌「クライムウェイズ」の売上を伸ばすことには極めて積極的である。

だが、一方でストラウドは「曖昧さ」も併せ持っているようだ。彼は効率的な業務遂行に長けている一方で、夜になると飲み歩いてハメを外してばかりいる。彼が行きつけている店で行われるゲーム(客が指定した物品を、たとえどんなものでも、店の主人が必ずその場で提供するというもの)は「言葉」の表面的な明朗性を曖昧さに反転させたものであり、ナンセンスな世界の入り口である。そして、その入り口を通っていくと我々はストラウドの曖昧な世界に案内される。彼がコレクションしているのは、オフィスにもかけられていたパターソンの絵画だが、その絵のスタイルは一方で彼の曖昧さを象徴している。この男女二人のポートレートは、有機的な生体の生々しさを感じさせる「表象」として、明朗で清潔なモダニズムの空間で異彩を放っている。

近代建築家(Modern architects)は、ほぼ例外なく曖昧さを避けてきた。ロバート・ベンチューリ

ジャノスとストラウドのセクシャリティと容貌の対比は、この作品の照射する「ウルトラモダン」と「ポストモダン」の亀裂を現していると言えよう。ジャノスのセクシャリティはまさしく曖昧なものとして描かれているが、その隠蔽は、当時の社会規範が要求したものにもかかわらず、ジャノスの側の問題であるかのごとく描かれている。特に映画では、女性の愛人の存在をどのように解釈するかは観客に委ねられている。彼はバイセクシャルなのか、それとも愛人はゲイであることを隠蔽するための隠れ蓑なのか。しかしそのセクシャリティの曖昧さは、ジャノスの「身体」によって明らかに不快なものとして印象づけられる。小太りの体格、それを強調するようなスーツ、広角レンズを用いてデフォルメされた顔のクローズアップ、それら全てが、計算高い残忍さをあわせ持つ異物として造形される要素となっている。イタリア、ドイツ、日本のファシスト達がそのカリスマとは無関係に容貌ではどれもぱっとしなかったこと、特に、殊更アーリア人の容貌にこだわったナチスの指導者達が誰一人それに似ていないという滑稽な状況を想起せざるを得ない。一方で、ストラウドはヘテロセクシャルとして極めて明瞭に描かれていて、原作ではさらにストラウドの愛人と不倫関係にさえある。彼はスマートにスーツを着こなし、ハンサムでジョークにも長けている。この点においてストラウドには曖昧さがない。

ストラウドとジャノスの「身体」の対比はまさしくその後のアメリカのメインストリームがたどる「ポストモダン」の性格を表していると言えよう。もし、ジャノスの最期をファシズムーウルトラモダンのオブセッションと偏執の拒否と見るならば、ストラウドは、「記号」の曖昧さを包含しつつ「身体」の明朗性を追求していくアメリカ的ポストモダン現象を示唆していると見ることも可能である。「身体」の曖昧さを包含すること、あるいは、身体においても「曖昧」と「明朗」の定義は単なる便宜的なものにすぎないことが認められるには更に数十年の時を必要としている。

<注>

(1) 1930年代から40年代に、ジェームズ・エイジーとともに「タイム」誌で映画評論などを書いていたチャンバースは、ルースの政治信条に同調しただけでなく、より保守的で反共産主義的に変貌、1947年のHUACの公聴会ではアルガー・ヒスがソ連のスパイだと証言した。(戻る)

(2) ロックフェラー・センターのアトラス像の顔はイタリアの独裁者ベニート・ムッソリーニに似ているため批判を浴びた。一時期、ヘンリー・ルースはムッソリーニへの敬意を公で表明して憚らず、あだ名もムッソリーニのあだ名の「イル・デュース」をもじった「イル・ルース」だった。(戻る)

イリノイ大学の近代アメリカの詩人を紹介するサイトで、ケネス・フェアリングについて詳しく論じている。

Film Noir of the Weekでは、優れたカメラワーク、特にジャノスの登場シーンをハイライトしている。

NPRのサイトでは、アダム・スタンバーグが、フェアリングの原作と、その最映画化作品、ケヴィン・コスナー主演の『追いつめられて(No way Out, 1987)』を比較している。不思議なことに1948年のこの作品にはほとんど言及していない。

パラマウント・ピクチャーズ配給 1948/3/18公開
B&W 1.37:1
95分

製作リチャード・マイバウム
Richard Maibaum
出演レイ・ミランド
Ray Milland
監督ジョン・ファロー
John Farrow
チャールズ・ロートン
Charles Laughton
脚本ジョナサン・ラティマー
Jonathan Latimer
モーリン・オサリヴァン
Maureen O'Sullivan
原作ケネス・フェアリング
Kenneth Fearing
ジョージ・マクレディ
George Macready
撮影ジョン・F・サイツ
John F. Seitz
エルサ・ランチェスター
Elsa Lanchester
音楽ヴィクター・ヤング
Victor Young
リタ・ジョンソン
Rita Johnson

[1] M. L. Stephens, Art Directors in Cinema: A Worldwide Biographical Dictionary. McFarland, 1998.
[2] N. Saval, Cubed: The Secret History of the Workplace, Reprint edition. New York: Anchor, 2015.
[3] S. L. Vaughn, Encyclopedia of American Journalism. Routledge, 2007.
[4] A. Silver, J. Ursini, and R. Porfirio, “John F. Seitz, Interview by James Ursini,” in Film Noir Reader 3: Interviews with Filmmakers of the Classic Noir Period, New York, NY: Limelight Editions, 2004.
[5] J. H. Reid, Mystery, Suspense, Film Noir and Detective Movies on DVD: A Guide to the Best in Cinema Thrills. BookBaby, 2009.
[6] M. Schleier, Skyscraper Cinema: Architecture and Gender in American Film. U of Minnesota Press, 2009.
[7] E. Lemire and B. Flowers, Skyscraper: The Politics and Power of Building New York City in the Twentieth Century. University of Pennsylvania Press, 2012.
[8] R. Barnard, The Great Depression and the Culture of Abundance: Kenneth Fearing, Nathanael West, and Mass Culture in the 1930s. Cambridge University Press, 1995.